
東北の農業法人が「人を育てる」組織になるための人事の考え方——畑の作物だけでなく、人も育てる経営へ
目次
東北の農業法人が「人を育てる」組織になるための人事の考え方——畑の作物だけでなく、人も育てる経営へ
「うちは農業だから、人事なんて関係ない」
山形のある果樹農園の代表に人事の話をしたとき、最初に返ってきた言葉がこれでした。従業員は正社員5名、繁忙期のパート15名。確かに、大企業のような人事部を設ける規模ではありません。
でも、話を聞いていくうちに、この農園が抱えていた課題はすべて「人」に関するものでした。「若い社員が2年で辞めてしまう」「ベテランの技術をどう引き継ぐかが分からない」「パートさんの確保が年々難しくなっている」「社員のモチベーションにばらつきがある」。
これは人事の課題そのものです。そして、この課題を放置すれば、事業の存続に関わる。農業法人にこそ「人事の考え方」が必要だと、私は強く感じています。
東北の農業法人が直面する人材の構造問題
東北は日本有数の農業地帯です。米どころの秋田・山形、果樹の山形・福島、野菜の岩手・宮城——豊かな農産物を支える農業は、東北経済の重要な柱です。
しかし、農業法人の人材面での課題は深刻です。
まず、就農人口の高齢化。東北の基幹的農業従事者の平均年齢は68歳を超えており、今後10年で大量の離農が見込まれます。これは「ゆっくり進む危機」であり、一部の農業法人はすでにその影響を受け始めています。
次に、若手の農業離れ。農業に関心を持つ若者は実は増えているのですが、「農業法人で働く」という選択肢が認知されていない。「農業=家業」「農業=個人事業」というイメージが強く、「組織で農業をやる」というキャリアパスが見えにくい。
さらに、季節性の問題。農業は繁忙期と閑散期の差が大きく、通年で安定した雇用を提供しにくい。これが正社員の確保を難しくしている。
こうした構造的な課題に対して、「補助金を使って何とかする」「外国人技能実習生に頼る」という対応をしている農業法人が多い。もちろんそれも一つの手段ですが、根本的な解決にはならない。必要なのは、農業法人が「人を育てる組織」に変わることです。
「人を育てる」とは何か——農業法人における人材育成の本質
「人を育てる」と聞くと、研修プログラムやマニュアルの整備を想像するかもしれません。もちろんそれも大事ですが、農業法人における人材育成の本質はもっとシンプルです。
それは、「この人は何ができるようになったか」「次に何ができるようになってほしいか」を、経営者と本人の間で共有すること。
農業の仕事は、体で覚える部分が多い。土の状態を手で触って判断する、果実の色と香りで収穫時期を見極める、天候を見て作業の優先順位を変える——こうした「暗黙知」は、教科書で学べるものではありません。
だからこそ、農業法人では「教える人」と「教わる人」の関係性が極めて重要です。ベテランの隣で一緒に作業しながら、「なぜ今この判断をしたのか」を言葉にしてもらう。そして、教わった側が自分で判断できるようになったかどうかを定期的に確認する。
秋田のある稲作法人では、新入社員の育成に「100日カレンダー」という仕組みを取り入れています。入社から100日間、毎日の作業内容と「今日新しくできるようになったこと」を記録する。週に1回、代表と30分の振り返り面談をする。
この仕組みは、決して複雑なものではありません。でも、「自分の成長が目に見える」という効果は大きい。この法人では、100日カレンダーを導入してから、入社1年以内の離職がゼロになったそうです。
農業法人の人材育成を「経営数字」で考える
ここで大切なのは、人材育成を「良いこと」だからやるのではなく、「経営にとって必要な投資」として位置づけることです。
農業法人の経営で最もインパクトが大きいコストのひとつが、「人の入れ替わりコスト」です。
ある山形のさくらんぼ農園で試算したところ、正社員1名が辞めて新しい人を採用・育成するまでにかかるコストは、おおよそ次のような金額になりました。
求人掲載と面接にかかる直接コストが約20万円。入社後3ヶ月間の教育にかかる先輩社員の時間コストが約40万円。新人が一人前になるまでの6ヶ月間の生産性低下が約60万円。退職者が担当していた取引先や業務の引き継ぎロスが約30万円。合計すると、1名の離職で約150万円のコストが発生する計算です。
年収300万円の社員の離職で150万円のコスト。つまり、年収の約半分です。これを代表に見せたところ、「それだけかかるなら、辞めないようにする方に投資した方がいい」と即座に理解してくれました。
人材育成の投資対効果を数字で語ること。これは農業法人に限らず、経営者との対話で最も効果的なアプローチです。「人を大事にしましょう」という抽象的な話ではなく、「離職コストを削減するために、育成に投資する」という事業判断として提案する。経営者はその方が動きやすいのです。
農業の「暗黙知」を言語化する技術
東北の農業法人が抱える最大の人材育成課題は、「ベテランの技術を次世代にどう引き継ぐか」です。
農業の技術は、多くが暗黙知——つまり、言葉にしにくい経験と勘に基づく知識——で成り立っています。「この土は水はけが悪いから、畝を高くする」「この品種は○月○日頃が収穫のピーク」「この虫がつき始めたら、○○の兆候だから早めに対処する」——ベテランの農業者は、こうした判断を無意識にやっています。
問題は、ベテラン自身がそれを「当たり前」と思っていること。聞かれても「いや、見ればわかるでしょ」と言ってしまう。でも、見ただけではわからないから、若手は困る。
この問題に対して、岩手のある野菜農園が取り組んだのが「作業日記の共有制度」です。
毎日の作業終了時に、その日の判断とその理由を簡単にスマートフォンで記録する。「今日はハウスの換気を早めに開始。理由:朝の気温が例年より2度高く、午後に湿度が上がりすぎる可能性があったため」——こんな短い記録を、ベテランと若手の両方がやる。
すると、ベテランの記録を読んだ若手が「なるほど、気温と湿度の関係でそう判断するのか」と理解できる。逆に、若手の記録を読んだベテランが「あ、この子はまだこの判断基準がわかっていないな」と気づき、翌日に補足説明ができる。
この仕組みを1年間続けた結果、若手が独立して判断できる作業の範囲が格段に広がったそうです。しかも、記録が蓄積されることで、翌年の新人教育にも使える「生きたマニュアル」になる。
暗黙知の言語化は、特別な技術や高価なツールがなくてもできます。「今日の判断」と「その理由」を毎日書くだけ。でも、この「毎日書く」を仕組み化することが、農業法人の人事としての仕事なのです。
季節性を逆手に取った人材育成計画
農業法人の経営において、季節性は避けられない制約です。しかし、この季節性を「デメリット」ではなく「育成のリズム」として活用している法人があります。
山形のある複合農園(米+果樹+野菜)では、年間の作業サイクルに合わせた「成長カレンダー」を作成しています。
春(3〜5月)は田植えと果樹の管理。この時期は「基本作業の習得期間」と位置づけ、若手に基礎的な農作業の型を徹底的に教え込む。
夏(6〜8月)は野菜の出荷最盛期。「応用力の発揮期間」として、若手に判断を任せる場面を意図的に作る。収穫のタイミング、出荷量の調整、品質の見極め——こうした判断を経験させることで、実践力を鍛える。
秋(9〜11月)は収穫と出荷。「総合力の確認期間」として、一連の作業を若手が主導で回す。ベテランはサポートに回り、必要なときだけ介入する。
冬(12〜2月)は閑散期。ここを「学びの集中期間」として活用する。農業技術の座学研修、他の農業法人への視察、食品加工の技術習得、マーケティングの勉強——閑散期こそ、人材育成に集中できる貴重な時間です。
この農園では、冬場に若手社員を地元の食品加工場に2週間の研修に送り出しています。自社の農産物がどう加工され、どう消費者に届くのかを知ることで、農業の仕事の意味が広がる。研修から戻った社員は、「自分が作っている野菜がこんな商品になるんだ」と目を輝かせるそうです。
季節の変化を「仕方のないこと」ではなく「育成の仕組みに組み込む」。この発想の転換が、農業法人の人材育成を変える鍵です。
6次産業化と人材の多能工化
東北の農業法人の中には、生産だけでなく加工・販売まで手がける「6次産業化」に取り組むところが増えています。この6次産業化は、人材育成の観点からも大きな意味があります。
なぜなら、6次産業化により、農業法人で働く人のキャリアの幅が広がるからです。
畑で作物を育てる農作業だけでなく、食品加工の技術、商品パッケージのデザイン、直売所やECサイトでの販売、SNSでの情報発信——6次産業化に取り組む農業法人では、多様なスキルを持った人材が必要になります。
福島のある果樹農園は、桃とりんごの栽培に加えて、ジャムやドライフルーツの加工、自社ECサイトでの直販を行っています。この農園では、社員全員が「農作業」「加工」「販売」の3つの業務をローテーションで経験する仕組みを作っています。
「農業が好きで入社したけど、加工場での仕事も面白い」「ECサイトの運営を通じて、お客様の声を直接聞けるのがやりがい」——社員からこうした声が出ている。つまり、多能工化によって、仕事の幅と面白さが広がっているのです。
これは採用面でも大きなメリットです。「農作業だけ」の求人よりも、「農業×食品加工×販売」の求人の方が、応募者の幅が広がる。実際、この農園には「食品加工に興味があって」「マーケティングの経験を活かしたくて」という動機で応募してくる人が増えたそうです。
6次産業化を人材育成の文脈で捉え直すと、それは「社員のキャリアの選択肢を広げる」取り組みでもある。この視点があるかないかで、経営と人事の議論の質が変わります。
外国人材との協働——東北の農業法人の現実と課題
東北の農業法人にとって、外国人材の活用は避けて通れないテーマです。技能実習生や特定技能の外国人が、多くの農業法人で貴重な戦力となっています。
ただ、「人手不足だから外国人を入れる」という発想だけでは、うまくいきません。外国人材を「育てる対象」として正面から向き合っている農業法人と、「労働力の穴埋め」として扱っている農業法人では、生産性にも定着率にも大きな差が出ています。
宮城のある園芸農家では、ベトナムからの技能実習生を毎年3名受け入れています。この農家が特徴的なのは、実習生の「日本語教育」に力を入れていること。週に2回、1時間の日本語レッスンを農家の奥さんが担当しています。
「日本語ができると、作業の指示が正確に伝わるだけでなく、実習生自身が質問できるようになる。質問できるようになると、技術の習得スピードが格段に上がるんです」と代表は話していました。
日本語教育にかかるコストは、テキスト代と指導の時間を含めて年間約10万円。一方、言葉の壁による作業ミスやコミュニケーション不全が減ることで、推定で年間30〜50万円の生産性向上が得られている。投資対効果は十分に合う。
外国人材の育成を「コスト」ではなく「投資」と捉え、その効果を数字で検証する。これも経営数字から発想する人事のアプローチです。
「農業法人で人事をやる」という仕事の可能性
東北の農業法人に「人事担当者」を置いているところは、まだごく少数です。多くの場合、代表自身が人の採用も育成も評価もやっている。
でも、法人の規模が拡大し、従業員が10名を超えてくると、代表一人ですべてを見ることは物理的に難しくなります。そのタイミングで「人事の考え方」を組織に取り入れるかどうかが、その後の成長を大きく左右します。
「人事担当者」と言っても、専任のポストを設ける必要はありません。既存のスタッフの中で、「人に関心がある人」「話を聞くのが得意な人」に、人事的な役割を少しずつ任せていく。月に1回、全社員と15分の1on1面談をやる。入退社の手続きを一手に引き受ける。社員の資格取得状況を管理する——こうした小さな業務から始めればいい。
山形のある大規模農園では、もともと経理を担当していたスタッフが、人事的な業務も兼務するようになりました。給与計算のついでに社員の稼働時間を分析し、「この時期は特定の社員に負荷が集中している」と代表に報告するようになった。その報告をきっかけに作業の再配分が行われ、離職リスクの高かった社員の負担が軽減された。
人事の仕事は、大企業だけのものではありません。従業員が5名の農業法人でも、「人」に関するマネジメントは存在します。それを意識的に行うか、無意識に任せるか——その違いが、組織の成長力を決めるのです。
東北の農業法人が「選ばれる職場」になるために
最後に、東北の農業法人が若い世代から「ここで働きたい」と思ってもらうために、最も大切なことを述べます。
それは、「農業という仕事の意味」を経営の言葉で語れるようになることです。
「食を支える尊い仕事です」——これは正しいけれど、それだけでは若い人の心は動かない。「日本の食料自給率の維持に貢献している」「東北の農産物のブランド価値を高めることで地域経済を支えている」「年間○億円の売上を生み出す事業を一緒に成長させていける」——こうした「事業としての文脈」で農業を語ること。
人の良さや自然の豊かさだけでなく、事業としてのビジョンとそこでの成長機会を明確に示せる農業法人が、これからの時代に「選ばれる職場」になるのだと思います。
東北の農業法人には、土地と気候と人に恵まれた大きなポテンシャルがあります。あとは、そのポテンシャルを「人を育てる組織」の力で最大化すること。それが、東北の農業の未来を拓く鍵ではないでしょうか。
もし「農業法人を含め、経営に貢献する人事の力を身につけたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。業種を問わず活かせる、経営視点の人事の実践力が身につくプログラムです。
また、農業法人の人事に関心のある方は、人事図書館で仲間とつながりましょう。業種の壁を越えた学びがここにあります。
関連記事
育成・研修東北の製造業が品質管理人材を育てる研修設計——「検査する人」ではなく「品質を作り込む人」を育てるために
品質管理の担当者が来月退職します。後任を探していますが、品質管理の経験者なんて東北にはほとんどいません。未経験者を育てるしかないのですが、何から教えればいいのか
育成・研修仙台のIT企業がカスタマーサクセス人材を育てる方法——「サポート対応」から「顧客の成功に伴走する」人材への転換
カスタマーサクセスのポジションを作りたいんですが、仙台にはそもそもカスタマーサクセスの経験者がいません。未経験の社員を育てるしかないのですが、何から始めればいいかわからない
育成・研修東北の企業が管理職の「プレイングマネージャー問題」を解消する方法——「自分でやった方が早い」の罠から抜け出すために
うちの課長は、自分がトップ営業なんです。成績は常にチームで1位。でも、部下の育成は全然できていない。課長が走り回っている間、部下は放置されている。部下が辞めると、さらに課長の負担が増える。悪循環です
育成・研修東北の企業がリーダーシップ開発を「研修頼み」にしない方法——日常の仕事の中でリーダーを育てる仕組み
管理職研修に毎年100万円かけています。でも、研修を受けた課長たちの行動が変わったかと聞かれると、正直よくわかりません