東北の食品加工業が技術承継を成功させるための人材育成——「おばあちゃんの味」を組織の力に変える
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東北の食品加工業が技術承継を成功させるための人材育成——「おばあちゃんの味」を組織の力に変える

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東北の食品加工業が技術承継を成功させるための人材育成——「おばあちゃんの味」を組織の力に変える

「あの職人が辞めたら、この製品は作れなくなる」

秋田のある漬物メーカーの社長が、冗談めかして言った言葉です。でも、本人は笑っていませんでした。創業60年の味を支えている職人は70歳。引退の日は、確実に近づいている。

東北は食品加工業の宝庫です。米沢牛の加工品、仙台の笹かまぼこ、山形のさくらんぼ加工品、秋田のいぶりがっこ、岩手の南部せんべい、青森のりんご加工品——地域の風土と食文化に根ざした食品加工業が、東北の産業と雇用を支えています。

しかし、これらの食品加工業が直面する最大の課題は「技術承継」です。長年の経験と勘に支えられた「匠の技」を、次世代にどう引き継ぐか。これは単なる「教育の問題」ではなく、「事業の存続に関わる経営課題」です。


東北の食品加工業における技術承継の特殊性

食品加工の技術承継は、他の製造業とは異なる特殊性があります。

第一に、感覚的な判断が大きなウェイトを占めること。味噌の発酵具合を匂いで判断する、漬物の塩加減を手の感覚で決める、かまぼこの弾力をすり身の状態で見極める——こうした判断は、計測機器だけでは再現しにくい「五感」の領域です。

第二に、季節や原材料の変動への対応が必要なこと。東北の食品加工業は地元の農水産物を原材料にしていることが多く、年によって味や質が変わる。その変動に合わせて製法を微調整する力は、数年の経験では身につきません。

第三に、「この地域のこの味」というブランドと結びついていること。秋田のいぶりがっこ、山形の玉こんにゃく——こうした地域ブランドの味を変えてしまったら、ブランド自体が損なわれる。技術承継は「味の継承」でもあるのです。

こうした特殊性を踏まえると、食品加工業の技術承継は「マニュアルを作って配る」だけでは不十分だとわかります。「人が人に伝える」プロセスを丁寧に設計する必要がある。そこに、人事の知恵が求められるのです。


技術承継を「経営数字」で捉え直す

技術承継に取り組む前に、まず「技術承継に失敗したら何が起きるか」を経営数字で把握することが重要です。

ある山形の水産加工会社で、主力製品の製造を担当するベテラン職人が突然入院したケースがあります。代わりに製造を担当した若手社員は、基本的な工程は理解していたものの、味の微調整ができなかった。結果、3ヶ月間にわたって主力製品の品質が不安定になり、取引先からのクレームが増加。売上は前年同期比で15%減少しました。

年商3億円の会社で15%の減少ということは、約4,500万円の売上減。しかも、品質問題により一部の取引先との関係が悪化し、その修復に半年以上かかった。

この「技術が承継されていないことのコスト」を経営者に見せることで、技術承継への投資の必要性が伝わります。「人を育てるのはいいことだから」ではなく、「技術承継に投資しないと、年間数千万円の損失リスクがある」——この言い方で経営者は動く。

技術承継の投資額は、たとえば「ベテランと若手を半年間ペアで作業させる」場合、生産性の低下分を含めて200〜300万円程度。これを「年間4,500万円の損失リスクへの保険」と考えれば、投資対効果は明白です。


「暗黙知」を「形式知」に変える5つの方法

食品加工のベテラン職人が持つ技術の多くは「暗黙知」——つまり、言葉にしにくい経験と勘です。この暗黙知を「形式知」——言葉や数字で記録できる知識——に変換することが、技術承継の核心です。

東北の食品加工業で効果を上げている5つの方法を紹介します。

第一に、「ベテランの判断を数値化する」。たとえば、「味噌の発酵がちょうどいい」というベテランの判断を、温度計、湿度計、pH計で測定し、「温度○度、湿度○%、pH値○の範囲が適正」という数値基準に落とし込む。完全に数値化できなくても、「判断の目安」になるだけで若手の学習は加速します。

第二に、「作業の動画撮影」。ベテランの作業を動画で記録し、要所要所にベテラン自身のコメント(なぜこう手を動かすのか、何を見ているのか)を入れる。スマートフォンで撮影するだけでも十分。この動画ライブラリは、何度でも見返せる「いつでも引き出せる先生」になります。

第三に、「ペアリング期間の設定」。ベテランと若手を一定期間(最低6ヶ月、理想的には1〜2年)ペアで作業させる。この期間中、若手は「見て学ぶ」だけでなく、「やってみて、ベテランにフィードバックをもらう」サイクルを繰り返す。

第四に、「判断日記の運用」。毎日の作業で下した判断とその理由を、ベテランと若手の両方が記録する。「今日は○○の状態が通常と違ったので、○○の工程で○○分追加した」——こうした記録の蓄積が、「生きたマニュアル」になる。

第五に、「レシピの数値化と許容範囲の明示」。「だいたいこのくらい」ではなく、「○g ± ○g」「○分 ± ○分」という許容範囲を数値で示す。ベテランの「このくらい」を計量器で測定し、数値と幅を特定する。

福島のある果実加工会社では、これら5つの方法を組み合わせて3年間取り組んだ結果、主力製品の製造をベテラン1名から若手3名のチームに移行することに成功しました。味の品質評価(社内ブラインドテスト)で、若手チームの製品がベテランの製品と同等の評価を得るまでに至っています。


「教える力」を持つ人材を育てる

技術承継で見落とされがちなのが、「教える側のスキル」の問題です。

ベテラン職人は技術に長けていても、教えることが得意とは限りません。むしろ、「見て覚えろ」「体で覚えろ」というスタイルのベテランが多い。これは、ベテラン自身がそうやって学んできたからです。

でも、今の若手にはそのスタイルが合わないことが多い。「なぜこの作業が必要なのか」「この判断基準はどういう根拠なのか」——理由を理解しないと動けない世代に対して、「見て覚えろ」は非効率なだけでなく、若手の離職につながります。

秋田のある米菓メーカーでは、ベテラン職人向けの「教え方研修」を外部講師を招いて実施しました。研修の内容はシンプルです。「教えるときは、まず全体像を見せる」「なぜこの作業をするのかを先に説明する」「一度にたくさんのことを教えない」「やってみせて、やらせてみて、フィードバックする」——こうした基本的な教育の原則を、ベテランに学んでもらう。

研修後、ベテランの教え方が明らかに変わったそうです。「今まで『見てればわかる』と思ってたけど、ちゃんと言葉にしないと伝わらないんだな」とベテラン自身が気づいた。

この研修にかかった費用は約30万円。一方、「教え方が悪くて若手が辞めた」場合の採用・育成のやり直しコストは150万円以上。投資対効果は十分です。


テクノロジーを味方にする——AIとIoTの活用事例

食品加工業の技術承継にテクノロジーを活用する動きが、東北でも始まっています。

宮城のある水産加工会社では、かまぼこの製造工程にIoTセンサーを導入しました。すり身の温度、粘度、水分量をリアルタイムで計測し、データを蓄積する。ベテラン職人が「この状態がベスト」と判断したタイミングのデータを集めることで、「ベストな状態」を数値で定義できるようになった。

さらに、過去3年分のデータをAIで分析し、原材料(魚)の状態(水温、漁獲時期、鮮度)と最適な製造条件の相関関係を見出そうとしています。まだ完全には実用化されていませんが、「ベテランの勘」をデータで補完するアプローチとして期待されています。

ただし、テクノロジーへの過度な期待は禁物です。食品加工の技術は、最終的には「人間の五感」による判断が重要な部分が残ります。テクノロジーはベテランの技術を「補完」するものであり、「代替」するものではない。

大切なのは、テクノロジーと人の力のバランスを取ること。テクノロジーで数値化できる部分はテクノロジーに任せ、人間にしかできない感覚的な判断の部分に育成のリソースを集中する。この発想が、限られた育成時間を最大限に活かすコツです。


技術承継の「期限」を経営計画に組み込む

技術承継で最も危険なのは、「そのうちやる」と先送りにすることです。ベテランの年齢を考えると、技術承継には明確な期限があります。

ある青森のりんご加工品メーカーでは、「技術承継計画」を経営計画の一部として策定しています。

まず、社内の全工程について「その工程を担当できる人が何名いるか」を洗い出す。1名しかいない工程(属人化している工程)を「レッドゾーン」と定義し、最優先で承継に着手する。

次に、レッドゾーンの各工程について、「現担当者の想定退職時期」と「承継に必要な期間」を見積もる。たとえば、「○○の工程は、Aさん(67歳)が唯一の担当者。想定退職は70歳。承継に必要な期間は最低2年。つまり、今すぐ承継を始めないと間に合わない」——こうした具体的なタイムラインを可視化する。

この計画を立てたところ、5つの主要工程のうち3つが「今すぐ着手しないと間に合わない」レッドゾーンであることが判明。社長は「これは3年前にやるべきだった」と焦りましたが、すぐに承継プログラムをスタートさせました。

技術承継計画を経営計画に組み込むメリットは、「承継のための人的・時間的・金銭的リソースの確保」が経営レベルで承認されることです。現場任せにすると、日常業務に追われて承継が後回しになります。経営計画に入れることで、「承継は業務の一部である」という位置づけが明確になる。


若手の「なぜ」に答えられる組織になる

食品加工業の技術承継において、しばしば起きる問題があります。若手が「なぜこの製法なのですか?」と質問したとき、ベテランが「昔からこうやっている」としか答えられないケースです。

「昔からこうやっている」は、実は非常に合理的な理由があることが多い。気候条件、原材料の特性、設備の制約——さまざまな要因を踏まえた先人の知恵が、その製法に凝縮されています。でも、その理由が言語化されていないと、若手は「何となく古いやり方に従っている」と感じてしまう。

山形のある味噌メーカーでは、全工程について「この工程がなぜこの方法で行われるのか」を調査・記録するプロジェクトを実施しました。ベテランへのインタビューに加え、食品科学の文献調査、大学の研究者への相談も行い、「経験知」と「科学知」を突き合わせる作業を行った。

たとえば、「味噌の仕込みに使う水は、必ず前日に汲んで室温に戻す」というルールの根拠を調べたところ、「水温が低いと麹菌の活性が下がり、発酵の立ち上がりが遅れる。室温に戻すことで発酵の安定性が高まる」という科学的な裏付けが見つかった。

こうした「なぜ」の答えをまとめた「製法解説書」は、若手の理解と学習意欲を大きく向上させました。「なぜそうするのか」がわかれば、応用が利く。原材料が変わったとき、設備が変わったとき、「原理を理解しているから、自分で判断を調整できる」——それが本当の意味での技術承継です。


地域ブランドを守る責任としての技術承継

東北の食品加工業が作る製品の多くは、地域ブランドと密接に結びついています。仙台の笹かまぼこ、秋田のいぶりがっこ、山形のだだちゃ豆加工品——これらは「東北の食文化」そのものです。

技術承継は、単にひとつの企業の問題ではありません。地域の食文化を次の世代に伝えるという、社会的な責任でもあるのです。

この認識を持つことで、技術承継に対する社内の意識が変わります。「面倒な仕事」ではなく、「誇りある使命」として位置づけることで、ベテランの教える意欲も、若手の学ぶ意欲も高まる。

ある漬物メーカーの若手社員がこう言っていました。「最初は『なんで古い技術を覚えなきゃいけないんだ』と思っていた。でも、この味を守ることが地域の食文化を守ることなんだとわかってからは、使命感を持って取り組んでいます」。

技術承継の意味を「事業の継続」だけでなく「文化の継承」として語ること。これが、東北の食品加工業ならではの人材育成のアプローチです。


技術承継を「攻めの経営」につなげる

技術承継は「守り」の取り組みだと思われがちです。でも、技術を正しく承継し、そこに若い世代の発想を加えることで、「攻め」の展開が生まれます。

岩手のある乾物加工会社では、ベテランの技術を若手に承継する過程で、若手が「この技術を使えば、新しい商品が作れるのでは」と提案しました。伝統的な製法を活かしながら、現代の消費者のニーズに合った新商品を開発。この新商品がヒットし、売上が前年比20%増加したそうです。

技術承継がうまくいくと、「伝統」と「革新」の両立が可能になる。ベテランの技術は「制約」ではなく「土台」になる。その土台の上に、若い世代の創造性が花開く。

これは人事の視点から見ると、「育成」と「イノベーション」がつながっている状態です。人を育てることが、新しい価値の創造につながる。だからこそ、技術承継への投資は「コスト」ではなく「成長への投資」なのです。

東北の食品加工業には、何十年もかけて磨かれた技術と、それを支える人がいます。その宝を次の世代につなぐ仕事は、人事にしかできません。


もし「技術承継を含め、人材育成を経営の視点で考える力を身につけたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。

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また、食品加工業を含め、東北の人事の仲間とつながりたい方は、人事図書館へ。

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