
人事が経営に参画するとはどういうことか——東北の現場から考える
目次
人事が経営に参画するとはどういうことか——東北の現場から考える
「経営会議で人事の話をしても、あまり関心を持ってもらえなくて」——こういう悩みを持つ人事担当者の声を、東北でもよく聞きます。
採用状況や研修実績を報告しても、「で、売上にどう関係するの?」という空気になる。人事として良いと思っていることが、経営の優先事項に入らない。そのモヤモヤは、人事担当者なら一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
「経営に参画する人事」というのは、役職や権限の話ではないと思っています。人事の仕事を「経営数字の言葉」で語れるかどうか——そこに尽きるのではないでしょうか。
東北ならではの経営参画の文脈
東北の中小企業では、経営者が現場に近く、「経営者自身が一番人のことを考えている」というケースが多いと感じます。採用も評価も、社長が直接判断することも珍しくありません。
この環境では、人事担当者が「制度の専門家」としてだけ機能しても、経営との連携は生まれにくい。経営者の判断を「人事の視点で補完する」役割として存在することが、経営参画の第一歩になります。
また、東日本大震災の復興から「自立成長」へ移行する今、東北の企業には事業モデルの転換が求められています。新しい事業を担う人材をどう育てるか、変化に対応できる組織をどうつくるか——これは人事が答えを持てる問いであり、経営と同じテーブルに座るチャンスでもあります。
なぜ今、人事の経営参画が重要なのか
「人事は経営を支援する部門」という考え方から、「人事は経営そのものを担う機能」への転換が求められています。
その背景にあるのは、人材が事業の競争力の中核になってきたという変化です。製造業でも、デジタル化の進展により「人が何をできるか」が差別化要因になりつつある。農業・食品加工でも、商品開発・販路開拓・ブランディングを担う人材の質が、企業の成長を左右するようになっています。
この文脈では、採用・育成・評価・組織づくりを事業戦略と連動させて考えられる人事が、企業の成長に直接貢献できます。そして、そうできた人事担当者は、経営の中核メンバーとして扱われるようになります。
実践に向けた3つの視点
視点1:「人事のコスト」を可視化して経営と語る
人事の仕事を経営数字で語るために、まず「人事に関わるコスト」を把握することが出発点です。採用コスト・教育コスト・離職コスト・残業代・採用後の生産性立ち上がりにかかる期間——これらを数字で整理できると、人事施策の投資対効果が見えてきます。
例えば「離職率を5%改善すると、採用コストが年間○○万円削減できる」という試算ができれば、離職防止施策への投資を経営に説明しやすくなります。「良いことだから取り組みたい」ではなく「この数字が変わる」という言葉で話すことが、経営との対話を変えます。
視点2:事業計画を「人材の言葉」に翻訳する
経営会議で語られる事業計画を、「それを実現するためにどんな人材が必要か」「今の組織でどこが足りないか」という問いに変換する。これが人事の経営参画の核心です。
例えば「来期、東北エリアでの農業ICT事業を立ち上げる」という計画があれば、「その事業には技術系人材と農業知識を持つ人材が必要」「現在の社員で対応できるか、採用が必要か、リスキリングで育てられるか」というシナリオを描ける。そのシナリオを経営に持っていくことが、人事が経営参画する具体的な場面です。
視点3:「人事データ」を定期的に経営に届ける
採用数・離職率・残業時間・有給消化率・管理職の年齢分布——これらのデータを「人事部門が持っている情報」として保管するだけでなく、「経営の意思決定に使える情報」として定期的に届けることが重要です。
経営者が「人事の数字を見れば会社の健康状態が分かる」という認識を持つようになれば、人事担当者の経営における存在感が変わります。
ある東北の企業では
岩手県の製造業(自動車関連部品)で人事を担当していたある担当者は、経営会議への参加の機会を求めていましたが、なかなか実現しませんでした。
転機になったのは、「離職によるコスト試算書」を自主的に作って社長に届けたことでした。「過去3年の離職者15名の採用・教育コストを試算すると約2,400万円になる。この一部を定着支援に使えば回収できる」という資料です。
社長はその数字に驚き、「この問題、本腰を入れてやろう」という話になった。それをきっかけに、人事担当者は翌月から経営会議に定期参加するようになったといいます。「数字で語った」ことが扉を開いた事例です。
「人事データ」を整えるところから始める
経営参画のためのデータを持っていない、という人事担当者は少なくありません。「そういう数字は取っていない」「システムがないから分からない」——でも、データは大きなシステムがなくても収集できます。
まず取り組みやすいのは、「離職者データの整理」です。過去3年間の退職者について、「いつ退職したか」「在籍期間はどのくらいか」「どの部署か」「退職理由は何か」を一覧化するだけで、傾向が見えてきます。「入社2年以内の離職が多い」「製造部門の離職が突出している」「夏前に辞める人が多い」——こういった傾向を数字で示すことが、人事の課題を経営に届ける出発点になります。
次に有効なのは、「採用コストの可視化」です。求人媒体費・面接にかかった社員の工数(時給換算)・内定辞退にかかったロス——これらを概算でもまとめると、「採用1名あたりの実質コスト」が出てきます。この数字を持っている人事担当者は、「採用予算を増やすべきか、定着施策に使うべきか」という判断を経営に提案できます。
福島の農業関連会社の人事担当者は、Excelに毎月の採用・退職・残業のデータを入力する習慣を持ちました。半年後には、「繁忙期前の採用が遅れると繁忙期の残業が増え、繁忙期明けに離職が集中する」というパターンが見えてきた。それを経営に伝えたことで、採用計画の見直しが実現した——「データを持っている人事」が経営の動きを変えた事例です。
東北の中小企業で「人事戦略」を語る意味
「人事戦略なんて、うちの規模の会社には大げさでは」——こういう声も聞きます。でも、人事戦略とは大げさなものではありません。「会社が次の3年でどこへ向かうか」「それを実現するためにどんな人材が必要か」「その人材をどうやって確保・育成するか」——この問いに答えることが、人事戦略の本質です。
東北の中小企業こそ、人事戦略が必要だと思っています。大企業は人材が豊富で、多少の問題は吸収できます。でも、社員10〜50名規模の中小企業では、一人の採用ミス、一人の離職、一人の管理職の機能不全が、事業の継続を直接揺るがすことがある。だからこそ、人材に関する意思決定を「感覚と経験則」だけでなく、「考え抜いた戦略」として行うことの価値が高い。
人事戦略を語るために、MBAや特別な資格は必要ありません。「自社の事業計画を読み込んで、人材の視点で問いを立てる」——その習慣があれば、十分です。「来年、新しい商品ラインを立ち上げるという計画があるなら、どんな人材が何名必要か」「この5年で定年退職するベテランが5名いる。その知識をどう引き継ぐか」——こういった問いを経営者と話し合えること自体が、人事戦略の実践です。
よくある失敗パターン
「人事の仕事を人事の言葉だけで語る」:採用充足率・研修実施数といった指標だけでは、経営の言葉にならないことがあります。それらが事業の数字とどうつながるかを説明できることが重要です。
「経営から言われたことだけをやる」受け身の姿勢:経営に参画するためには、情報を待つのではなく、先に自ら提示していく姿勢が必要です。経営者が「聞きたい」と思う前に届けること——人事から経営への能動的な提案が起点になります。
「完璧なデータが揃ってから動く」という慎重すぎる姿勢:数字は100%正確でなくてもいい。粗い概算の試算でも「見えていなかったものを初めて見えるようにする」効果は大きいです。
「事業を伸ばす人事」を東北から
東北の中小企業で一人または少数で人事を担っている方にこそ、経営参画のチャンスがあると思っています。大企業のように専門部門が分かれていない分、人事担当者が直接経営者と対話できる距離感がある。
「人事の話は分かりにくい、数字が出てこない」という印象を「数字で語ること」で変えていく。その最初の一歩が、東北の人事担当者から始められるはずです。
経営者と人事担当者が「同じ目線で人材と組織を語れる関係」になったとき、会社の意思決定の質が変わります。採用・育成・評価・組織づくりが事業戦略と連動し、「なんとなく人が動いている会社」から「意図を持って人材と組織をつくっている会社」へ変わる。その変化を東北から起こせると、私は信じています。
あなたが経営者に「人事の数字を持って」話しかけてみること——それが、東北の企業の未来を変える小さくて大きな一歩になります。最初から完璧に語れなくていい。試算が多少粗くてもいい。「経営の言葉で人事を語ろうとしている」その姿勢が、経営者との関係を変える起点になります。今日から始めてみましょう。
経営者と人事担当者の「対話の質」を上げるために
経営参画の壁の一つに、「経営者と人事担当者の関心が噛み合わない」という問題があります。経営者は「売上・コスト・利益・競争優位性」に関心がある。人事担当者は「採用充足率・研修実施数・残業削減」を報告しがち。この関心のギャップが埋まらないと、人事は「管理部門」のまま変わりません。
ギャップを埋めるためのコツは、「人事の言葉を、経営者が関心を持てる形に翻訳してから話す」ことです。たとえば、「今期の採用充足率は85%でした」を「今期の未充足ポジションが3名あり、その部門の残業代増加分を試算すると年間約180万円。この金額は採用コストより高くなっています」と言い換える。同じ情報でも、経営者の関心に直接触れる言い方になります。
また、「問題を持ち込む」だけでなく「選択肢を一緒に持ち込む」ことも重要です。「採用が難しくなっています」だけでなく、「採用が難しくなっているため、A案(採用チャネルを増やす・予算増)、B案(社員紹介制度の強化・低コスト)、C案(業務プロセスを見直して人員を確保する・中期的)の3つを検討しました。おすすめはB案ですが、いかがでしょうか」という形で持っていくことで、経営者は「決定できる状態」で話を受け取れます。
経営者と人事担当者の対話の質が上がることで、会社の意思決定のスピードと精度が上がります。採用・育成・評価の判断が、勘や経験則だけでなく「考え抜いた根拠」に基づくものになる。それは、経営者にとっても、人事担当者にとっても、そして現場で働くすべての社員にとっても、良いことです。
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