
東北の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法——バズワードを「自社の現実」に落とし込む
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東北の企業が「人的資本経営」を中小企業の現場で実践する方法——バズワードを「自社の現実」に落とし込む
「人的資本経営って、結局うちみたいな中小企業には関係ない話でしょう? 上場企業が有価証券報告書に書くための話ですよね」
宮城のある建設資材メーカーの社長に「人的資本経営」について聞いたとき、こう返ってきました。この反応は、東北の中小企業では珍しくありません。人的資本経営は「大企業のもの」「開示のためのもの」「自社には関係ない」——そう思われていることが多い。
しかし、私はこう考えています。人的資本経営の本質は、「人にかける投資が、事業成果にどうつながるかを考え、可視化し、改善すること」です。この考え方は、企業規模に関係なく、すべての会社に必要なものです。
むしろ、東北の中小企業のように「人が限られている」環境のほうが、一人ひとりの貢献が事業に与えるインパクトは大きい。だからこそ、人的資本の考え方は中小企業にこそ必要だと私は思っています。
この記事では、人的資本経営という概念を東北の中小企業の現場で実践可能な形に翻訳し、具体的な取り組み方を紹介します。
人的資本経営とは何か——中小企業向けに再定義する
人的資本経営を一言で言えば、「人を費用(コスト)ではなく資本(投資)として捉え、人への投資のリターンを意識して経営する」ということです。
東北の中小企業の文脈で考えると、これは以下のような問いに変換されます。
「採用にかけたお金は、どれだけの売上・利益につながっているか?」 「研修に投じた時間と費用は、社員の生産性向上にどう反映されているか?」 「離職によって失われるコスト(再採用費、引き継ぎ、ノウハウ喪失)はいくらか?」 「今の社員の能力と、事業目標を達成するために必要な能力の間に、どんなギャップがあるか?」
これらの問いに答えようとすること自体が、人的資本経営の第一歩です。
東北の中小企業が陥りがちな「人的資本経営の誤解」
人的資本経営に取り組もうとする際に、よく見られる誤解を3つ挙げます。
誤解1:「開示すること」が目的
上場企業には人的資本に関する情報開示の義務がありますが、中小企業にはありません。だから「うちには関係ない」と思ってしまう。
しかし、人的資本経営の目的は「開示すること」ではなく、「人と組織の状態を可視化し、改善すること」です。開示義務がなくても、自社の中で人的資本の状態を把握し、経営判断に活かすことには大きな意味があります。
誤解2:「高度なツールやシステムが必要」
人的資本経営を実践するために、高価な人事システムやBIツールが必要だと思われがちですが、そんなことはありません。Excelやスプレッドシートで十分です。
必要なのは「測る」ことであり、「高精度に測る」ことではありません。まずは簡単に測れる指標から始め、徐々に精度を上げていけばいい。
誤解3:「全部やらなければならない」
人的資本経営に関する書籍やセミナーでは、多くの指標やフレームワークが紹介されます。ダイバーシティ、エンゲージメント、リスキリング、ウェルビーイング——すべてに取り組もうとすると、何も進みません。
東北の中小企業では、「自社にとって最も重要な1〜3つの指標」に絞って取り組むのが現実的です。
東北の中小企業で測るべき「人的資本指標」
数ある人的資本指標の中から、東北の中小企業が優先的に測るべき指標を厳選して紹介します。
指標1:一人あたり売上高
最もシンプルで強力な指標です。計算式は「売上高÷従業員数」。この数字が上がっているなら、人材の生産性が向上しているということ。下がっているなら、何かしらの問題がある。
この指標を月次・年次で追い、「なぜ上がったか」「なぜ下がったか」を分析するだけでも、人的資本経営の実践と言えます。
指標2:離職率と離職コスト
離職率そのものに加え、「離職によって発生するコスト」を試算することが重要です。1名の離職で発生するコストは、一般的にその社員の年収の50〜200%と言われています。
たとえば年収400万円の社員が辞めた場合、再採用の費用、引き継ぎにかかる時間、新人の立ち上がり期間の生産性低下——これらを合わせると、200〜800万円の損失になり得ます。
この数字を経営者に示すことで、「人の定着に投資する」ことの経済的合理性が伝わります。
指標3:研修投資額と効果
研修にどれだけ投資しているか(金額と時間)を把握し、その効果を測定します。効果測定は完璧でなくてよい。研修後のアンケート、3か月後の行動変化のチェック——この程度で十分です。
東北の中小企業では、「研修にいくらかけているか」を把握していない会社が多い。まず総額を把握することが出発点です。
指標4:後継者充足率
経営幹部や管理職の後継者候補がどれだけ育っているかの指標です。「ポジション数に対して、後継者候補が何名いるか」で算出します。
東北の中小企業では、後継者不在が最大の経営リスクの一つです。この指標を可視化することで、「育成に投資しなければならない」という危機感を共有できます。
人的資本経営を「始める」ための3ステップ
ここからは、東北の中小企業が人的資本経営に取り組むための具体的なステップを紹介します。
ステップ1:現状の「人的資本の棚卸し」を行う
まず、自社の人に関するデータを集めます。「何がわかっていて、何がわかっていないか」を把握することが目的です。
具体的には、以下の情報を整理します。
従業員数と構成(年齢別、職種別、雇用形態別)。人件費の総額と内訳。採用コスト(年間総額、1名あたり)。離職率(全社、部門別)。研修費用(年間総額)。
この棚卸しは、Excelの1シートにまとめられる程度の分量です。完璧を目指す必要はありません。まず「見える化する」ことが重要です。
ステップ2:経営課題と紐づける
棚卸しした人的資本データを、経営課題と紐づけます。
たとえば、「来期の売上目標を達成するために、営業人員が3名不足している」。これは「採用計画」と「一人あたり売上高」の議論につながります。
「主力技術者の高齢化が進んでいて、5年後に退職のピークを迎える」。これは「後継者充足率」と「技術継承の投資」の議論につながります。
人的資本のデータを経営課題と結びつけることで、「人への投資」が「事業成果への投資」として認識されるようになります。
ステップ3:経営会議で定期的に報告する
人的資本の指標を、月次または四半期ごとに経営会議で報告します。売上や利益と並んで、「人に関する指標」を定点観測する。
この報告が定着すると、経営者の中に「人に関するデータで判断する」習慣が生まれます。感覚ではなくデータで人事を語れるようになること。これが、人的資本経営の定着を意味します。
東北のある会社の実践事例
秋田のある精密部品メーカーの事例を紹介します。従業員90名、人事担当者2名。
この会社は、「人的資本経営」という言葉を知ったのは3年前でした。最初は「うちには関係ない」と思っていたそうですが、離職率の上昇と採用難が続く中で、「人に関する経営判断の根拠が必要だ」と感じ始めたのがきっかけです。
まず行ったのは、5つの基本指標の月次モニタリングです。従業員数、離職率、一人あたり売上高、人件費率、採用コスト。これをExcelでグラフ化し、毎月の経営会議で5分間報告する。
3か月目に、興味深いデータが出てきました。一人あたり売上高が過去3年間で15%下がっていたのです。原因を分析すると、新入社員の立ち上がりに時間がかかっていることが判明。OJTが属人的で、教える人によって新人の成長速度に大きなばらつきがありました。
この分析を経営者に報告し、「新人育成プログラムの体系化」を提案。研修費用として年間50万円の予算を獲得し、OJTマニュアルの整備と指導者向けの研修を実施しました。
1年後、新入社員の「独り立ちまでの期間」が平均8か月から5か月に短縮。一人あたり売上高も回復傾向に入りました。社長は「50万円の投資で、これだけの効果があるなら、もっと早くやればよかった」と言っています。
人的資本経営と「東北らしさ」
東北の中小企業が人的資本経営に取り組む上で、東北ならではの強みがあると私は考えています。
第一に、経営者と社員の距離が近いこと。大企業では「人的資本データ」を介さないと経営者が社員の状態を把握できませんが、東北の中小企業では経営者が社員一人ひとりの顔を知っている。データと直感の両方を使って判断できる環境にあります。
第二に、長期雇用の文化があること。東北の中小企業は、「人を簡単に切らない」「長く働いてもらう」という文化が根強い。これは、「人を資本として長期的に育てる」人的資本経営の思想と本質的に一致しています。
第三に、地域社会との結びつきが強いこと。東北の中小企業は地域に根ざしており、「地域の人材を育てる」ことが自社の成長と地域の発展の両方につながる。これは、人的資本経営が目指す「社会全体の価値創造」の実践そのものです。
バズワードに振り回されず、本質を掴む
最後に、人的資本経営に取り組む上での心構えについて述べます。
人的資本経営は、ここ数年で急速に広まった言葉です。しかし、その本質——「人への投資と事業成果の関係を意識して経営する」——は、別に新しい考え方ではありません。東北の中小企業の経営者の中には、言葉を知らなくても、実質的に人的資本経営を実践している方がたくさんいます。
大切なのは、バズワードに振り回されないことです。「人的資本経営を始めなければ」と焦って、自社に合わない施策を導入する必要はありません。
まず自社の「人に関する数字」を把握すること。次に、その数字を経営判断に活かすこと。そして、人への投資の効果を測定し、改善サイクルを回すこと。
このシンプルな取り組みの積み重ねが、東北の中小企業における人的資本経営の実践です。言葉の定義にこだわるよりも、自社の現場で「人と事業のつながり」を一つずつ可視化していくこと。それが、東北の企業が人的資本経営を自分たちのものにするための道筋だと私は考えています。
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