
東北の中小企業が「働きがい」と「働きやすさ」を両立させる方法——どちらか一方では、人は残らない
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東北の中小企業が「働きがい」と「働きやすさ」を両立させる方法——どちらか一方では、人は残らない
「うちは残業も少ないし、有給も取りやすい。でも、若手が『この会社にいても成長できない』と言って辞めていくんです」
山形のある食品卸会社の社長が、困惑しながらこう語りました。一方で、別の相談ではこんな声もありました。
「うちは仕事のやりがいはある。でも残業が多すぎて、家庭との両立ができない。体を壊す社員も出てきた」——宮城のある建設会社の人事部長の言葉です。
「働きやすさ」だけを追求すると、「居心地はいいが成長できない」会社になる。「働きがい」だけを追求すると、「やりがいはあるが疲弊する」会社になる。東北の中小企業が人材を確保し、定着させるには、この両方を同時に実現する必要があります。
しかし、「働きがい」と「働きやすさ」は対立するものではありません。むしろ、両方が揃って初めて、社員は「この会社で長く働きたい」と思えるようになります。経営数字で見ても、両者の両立は合理的な投資です。
「働きがい」と「働きやすさ」の定義
まず、言葉の定義を明確にしましょう。
「働きやすさ」とは、労働環境の快適さです。残業が少ない。有給休暇が取れる。ハラスメントがない。福利厚生が充実している。通勤が楽。——つまり、「不満の解消」です。ハーズバーグの動機づけ理論では「衛生要因」に該当します。これが欠けていると不満が生まれるが、あるだけではモチベーションは上がらない。
「働きがい」とは、仕事を通じた充実感です。自分の仕事に意味を感じる。成長の実感がある。裁量がある。チームに貢献できている。お客様に感謝される。——つまり、「満足の創出」です。ハーズバーグの理論では「動機づけ要因」に該当します。これがあると積極的にモチベーションが上がる。
「働きやすさ」は不満の解消。「働きがい」は満足の創出。両方が揃って初めて、社員は会社に対してポジティブなエンゲージメントを持てます。
両立の効果を「経営数字」で捉える
「働きがい」と「働きやすさ」の両方が高い企業と、どちらか一方しか高くない企業では、経営指標にどのような差が出るでしょうか。
福島のある精密機器メーカー(従業員70名)で、社員アンケートの結果と経営データを突き合わせた分析です。
社員を4つのグループに分けました。A群:働きがい高い×働きやすさ高い(全体の30%)。B群:働きがい高い×働きやすさ低い(全体の25%)。C群:働きがい低い×働きやすさ高い(全体の20%)。D群:働きがい低い×働きやすさ低い(全体の25%)。
各群の1年後の離職率。A群:3%。B群:18%。C群:15%。D群:35%。
各群の生産性(1人あたり売上高)。A群:年間1,050万円。B群:年間920万円。C群:年間780万円。D群:年間650万円。
A群(両方高い)の社員は、離職率が最も低く、生産性が最も高い。B群(やりがいはあるが働きにくい)は、生産性はそこそこだが離職率が高い。「やりがいはあるけど体がもたない」パターンです。C群(働きやすいがやりがいがない)は、離職率はB群より低いが生産性が低い。「楽だけど退屈」パターンです。
この分析結果は、「働きがい」と「働きやすさ」の両立が、経営的に最も合理的であることを示しています。
「働きやすさ」を整える——衛生要因の充実
まず、「働きやすさ」の基盤を整えることから始めましょう。これは「不満の解消」です。
東北の中小企業で特に重要な「働きやすさ」の項目を5つ挙げます。
第一に、適切な労働時間。月平均残業が30時間を超えると、社員の不満が急激に高まります。残業削減のための業務見直し、ITツールの活用、人員配置の最適化——構造的に残業を減らす取り組みが必要。
第二に、有給休暇の取得のしやすさ。「制度としてはあるが、実際には取れない」状態は、「働きやすさ」の評価を大きく下げます。管理職が率先して休みを取り、取得しやすい雰囲気を作ることが大切。
第三に、ハラスメントのない職場。パワハラ、セクハラ、マタハラ——あらゆるハラスメントを許さない明確な方針と相談窓口が必要。東北の中小企業では「上司の叱責」がハラスメントとして認識されていないケースもある。研修による意識改革が不可欠。
第四に、物理的な職場環境。清潔なトイレ、適切な空調、整理整頓された作業スペース。「そんな当たり前のこと」と思われるかもしれませんが、東北の中小企業、特に製造業や建設業では、職場環境の整備が後回しにされがちです。
第五に、コミュニケーションの透明性。会社の方針、業績の状況、人事制度の内容——こうした情報が社員に適切に伝わっていること。「何も知らされないまま、突然方針が変わった」という経験は、社員の不信感を招きます。
秋田のある建設会社は、これら5項目の「働きやすさ」改善に取り組みました。月平均残業を35時間から22時間に削減。有給取得率を35%から58%に改善。ハラスメント研修を年2回実施。事務所のリフォーム(照明・空調の改善)を実施。月1回の全体ミーティングで業績と方針を共有。
改善にかかった費用は年間約200万円。一方、離職率が22%から14%に改善し、年間約5名分の退職コスト(約750万円)を回避。投資対効果は3.75倍です。
「働きがい」を高める——5つの動機づけ要因
「働きやすさ」の基盤ができたら、次は「働きがい」を高めます。
社員の「働きがい」を高める5つの要因を、東北の企業の事例とともに紹介します。
第一に、「仕事の意味を感じられること」。自分の仕事が誰の役に立っているかを実感できることが、最も強い働きがいの源泉です。
岩手のある建材メーカーでは、営業社員が工事完了後に「お客様の声」を社内で共有しています。「おかげで子どもが安全に遊べる庭ができました」「リフォームのおかげで冬が暖かくなりました」——こうしたフィードバックが、社員の「この仕事をやっていてよかった」という気持ちを育てています。
第二に、「成長の実感があること」。新しいスキルを身につけた、難しい仕事をやり遂げた、責任のある仕事を任された——こうした「成長の実感」が、働きがいにつながります。
宮城のある製造業では、年に2回の「スキル棚卸し面談」を実施。上司と一緒に「半年間で何ができるようになったか」「次の半年で何を身につけたいか」を確認する。成長を「見える化」することで、本人も成長を実感できるようになっています。
第三に、「裁量があること」。自分で考え、判断し、行動できる余地があること。「言われたことだけやる」状態では、働きがいは生まれません。
福島のある食品メーカーでは、製造ラインの改善提案制度を設けています。パートタイマーを含む全社員が、「こうしたら良くなる」というアイデアを提出できる。採用された提案には報奨金を支給。「自分の意見が会社を変える」という体験が、裁量感と働きがいを生んでいます。
第四に、「チームへの貢献を実感できること」。個人の仕事だけでなく、チームの成功に貢献している実感があること。
山形のある IT企業では、プロジェクト完了時に「ふりかえり会」を開催。チームメンバー全員が、他のメンバーの「よかったところ」を一人ひとり発表する。「Aさんのテストケースの設計が素晴らしかった」「Bさんの顧客対応のおかげで要件が固まった」——こうした具体的な承認が、チームへの貢献実感を高めています。
第五に、「社会への貢献を感じられること」。自分の仕事が、広い意味で社会に貢献していること。
青森のある農業法人では、「東北の農業を未来に残す」というミッションを全社員で共有しています。日々の仕事が、このミッションとどうつながっているかを、経営者が折に触れて語る。「あなたが育てた米が、東北の食卓を支えている」——この大きなストーリーが、社員の働きがいを支えています。
「1on1」で働きがいと働きやすさをモニタリングする
「働きがい」と「働きやすさ」の状態は、社員によって異なりますし、時期によっても変化します。定期的にモニタリングする仕組みが必要です。
最も効果的なモニタリング手法は、上司と部下の「1on1ミーティング」です。
月に1回、30分。上司が部下に「最近の仕事でやりがいを感じることは?」「困っていることや不満に思っていることは?」を聞く。ポイントは、「聞く」ことに徹すること。アドバイスや指示を出す場ではなく、部下の声に耳を傾ける場です。
宮城のある商社では、1on1を全管理職に義務化しました。導入当初は「忙しいのに面談なんて」という管理職の抵抗がありましたが、半年後にはこう変わりました。「部下のことが以前よりわかるようになった。問題が大きくなる前に手を打てるようになった」。
1on1の中で「働きがい」に関する問題が見えれば、仕事のアサインメントや役割の見直しで対応する。「働きやすさ」に関する問題が見えれば、労働環境や制度の改善で対応する。
1on1は「コスト」ではなく「予防保全」です。問題が大きくなってから対応するよりも、はるかに低コストで効果的。1名の離職を防ぐだけで、年間150万円以上のコスト回避になります。
東北の中小企業ならではの「働きがい」の源泉
東北の中小企業には、大企業にはない「働きがい」の源泉があります。
距離の近さ。経営者と社員の距離が近く、自分の仕事が経営に直接影響する実感がある。「社長に認められた」「自分の提案が採用された」——こうした体験は、大企業では得にくいものです。
地域への貢献の実感。東北の中小企業は、地域経済の基盤です。「自分の会社が地域の雇用を支えている」「自分の仕事が地域の人の暮らしに貢献している」——この実感は、東北の中小企業ならではの働きがいです。
ものづくりの手触り。東北の製造業、食品加工業、建設業——「自分の手で作ったもの」が形として見える仕事。デスクワーク中心のオフィスワークにはない、「ものづくりの喜び」が東北の企業にはあります。
自然環境の豊かさ。通勤途中に見える山の景色、四季の変化を肌で感じられる環境——「暮らしの豊かさ」が、「働く場所」としての東北の価値を高めています。
これらの「東北ならではの働きがい」を、意識的に社員に伝え、実感してもらう仕組みを作ること。それが、東北の中小企業の採用力と定着力を高める独自の強みになります。
「エンゲージメントサーベイ」で定量的に把握する
「働きがい」と「働きやすさ」の状態を定量的に把握するには、エンゲージメントサーベイ(社員意識調査)が有効です。
年に1〜2回、全社員に対してアンケートを実施し、「働きがい」と「働きやすさ」に関する設問に回答してもらう。結果を数値化し、部署別、年代別、雇用形態別に分析することで、「どこに課題があるか」が具体的に見えてきます。
設問の例。「自分の仕事にやりがいを感じている」(働きがい)。「仕事を通じて成長できている」(働きがい)。「残業時間は適切だと思う」(働きやすさ)。「有給休暇を取りやすい」(働きやすさ)。「上司は自分の意見に耳を傾けてくれる」(両方)。
各設問に5段階で回答してもらい、平均スコアを算出。前回との比較、部署間の比較を行う。
秋田のある製造業では、エンゲージメントサーベイを年2回実施しています。結果は全社員にフィードバックし、「今回のサーベイでは○○の項目が前回より改善しました。一方、○○の項目は課題が残っています。次の半年で○○の取り組みを行います」——こうしたフィードバックループを回すことで、社員の「会社は自分たちの声を聴いている」という信頼感が生まれています。
サーベイの実施コストは、無料または低コストのクラウドツールを使えば年間数万円程度。この投資で、組織の状態を定量的に把握し、的確な打ち手を講じることができます。
両立の鍵は「経営者のコミットメント」
「働きがい」と「働きやすさ」の両立は、人事部門だけの努力では実現しません。経営者のコミットメントが不可欠です。
「社員が生き生きと働ける会社を作る」という経営者の明確な意志が、組織を動かします。
福島のある機械メーカーの社長は、毎年の年頭あいさつで「今年も社員一人ひとりが『この会社で働いてよかった』と思える1年にしたい」と語ります。そして、具体的な施策——残業削減の目標、有給取得率の目標、研修プログラムの充実——を数字とともに示す。
この社長の下で、離職率は3年間で22%から7%に低下。一方、売上は30%増加。社員が辞めないから技術の蓄積が進み、品質が向上し、顧客の信頼が深まり、売上が伸びる。好循環が回り始めています。
「働きがい」と「働きやすさ」の両立は、「社員のため」だけではありません。「経営のため」でもあります。この認識を経営者が持つこと。それが、すべての出発点です。
もし「働きがいと働きやすさの両立を含め、経営に貢献する人事の力を高めたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。
また、東北で人事に取り組む仲間とつながりたい方は、人事図書館へ。
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