東北の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「百年企業」を次の百年へつなぐために
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東北の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「百年企業」を次の百年へつなぐために

#経営参画#データ活用

東北の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「百年企業」を次の百年へつなぐために

「会社を息子に継がせることは決めました。でも、会社の中身——技術、ノウハウ、取引先との関係、社員との信頼——を引き継ぐのは、株式の移転とはまったく別の話だと気づいたんです」

山形のある老舗漬物メーカーの3代目社長から聞いた言葉です。私はこの言葉に、事業承継の本質が凝縮されていると感じました。

東北には、創業50年、100年を超える老舗企業が数多くあります。酒蔵、味噌蔵、漆器店、旅館、建設会社、製造業——地域の産業と文化を支えてきた企業群です。しかし今、これらの老舗企業が同時に2つの承継問題に直面しています。一つは「事業承継」——経営権を次の世代に移転すること。もう一つは「人材承継」——事業を動かす人と知恵を次の世代に引き継ぐこと。

事業承継は、税理士や弁護士のサポートを受けながら、株式移転や財務面の整理を進めることができます。しかし、人材承継——つまり「人が持っている技術・知識・人脈・暗黙知を、次の世代に受け渡す」ことは、専門家に任せて済む話ではありません。

私がこれまで東北の老舗企業の承継支援に関わってきた経験から、事業承継と人材承継を同時に進めるための具体的な方法をお伝えします。


東北の老舗企業が直面する「ダブル承継」の現実

東北の老舗企業が直面している承継問題を、数字で見てみましょう。

中小企業庁のデータによれば、経営者の平均年齢は年々上昇しており、70歳を超える経営者の割合が増加しています。東北はこの傾向が全国よりもさらに顕著です。

私が関わってきた東北の老舗企業10社の実態です。社長の平均年齢は68歳。後継者が決まっている企業は6社。しかし、後継者への実質的な権限移譲が進んでいるのは2社のみ。残り4社は「後継者は決まっているが、社長がまだ全てを仕切っている」状態でした。

さらに深刻なのが「人材の承継」です。10社すべてに共通していたのが、「会社の中核的なノウハウを持つベテラン社員が高齢化し、その知識の継承が進んでいない」という問題でした。

秋田のある老舗酒造メーカーでは、杜氏が72歳。酒造りの全工程を統括できるのはこの杜氏だけ。後継の杜氏候補は40代が1名いるものの、「まだ独り立ちには5年はかかる」と杜氏本人は言う。もし杜氏が急に倒れたら、来季の酒造りに重大な支障が出ます。

事業承継(経営権の移転)と人材承継(技術・知識の移転)は、別々の課題ですが、同時に進めなければ企業の存続が危うくなります。株式を息子に渡しても、酒を造れる人がいなくなれば意味がない。


人材承継の3つの領域——「何を」引き継ぐのか

人材承継で引き継ぐべきものは、大きく3つの領域に分けられます。

第一に、「技術・技能」。製造業であれば加工技術、酒蔵であれば醸造技術、建設業であれば施工技術。目に見える「手の技」だけでなく、「この素材はこういうときにこう扱う」「この温度のときはこう判断する」といった経験に基づく暗黙知を含みます。

第二に、「人脈・信頼関係」。取引先との関係、金融機関との信用、地域の行政や団体との連携。東北の老舗企業は、社長個人の人脈と信頼関係で事業を回している部分が大きい。社長が退いた瞬間に取引先が離れる——このリスクは小さくありません。

第三に、「経営哲学・価値観」。なぜこの事業を続けているのか。何を大切にしているのか。東北の老舗企業には、「地域への貢献」「品質へのこだわり」「三方よし」といった経営哲学が脈々と受け継がれています。これが失われると、企業のアイデンティティが崩壊する。

岩手のある老舗旅館の女将は、「帳簿の引き継ぎは1週間でできる。でも、お客様一人ひとりのお好みや、地域のお祭りの寄付のしきたりや、仕入れ先の主人との付き合い方は、10年かけても引き継ぎきれない」と語っていました。


技術承継の具体的な進め方

技術承継の具体的な方法を、東北の企業の事例を交えて紹介します。

ステップ1:技術の棚卸し

まず、「何を引き継ぐ必要があるか」を棚卸しします。ベテラン社員が持つ技術・知識を一覧にし、「重要度」と「代替可能性」の2軸で整理する。

「重要度が高く、代替可能性が低い」技術が、最優先で承継すべき対象です。

山形のある漆器メーカーでは、70代の職人が持つ「塗りの技術」を棚卸ししたところ、17種類の技法のうち5種類が「この職人にしかできない」ことがわかりました。残り12種類は他の職人も習得済み。最優先で承継すべき5種類の技法に、教育リソースを集中させました。

ステップ2:暗黙知の「見える化」

ベテランの技術の多くは「暗黙知」——つまり、本人の感覚や経験に基づく知識であり、言語化されていません。「なんとなくわかる」「手が覚えている」「見ればわかる」——こうした暗黙知を、可能な限り「形式知」に変換する作業が必要です。

私が推奨しているのは、「動画撮影 + 言語化インタビュー」の組み合わせです。

ベテランの作業を動画で撮影し、撮影した動画を一緒に見ながら「今、何を考えていましたか」「なぜこの角度にしたんですか」「何を見て判断しましたか」と質問する。ベテラン自身も、動画を見ることで「自分がやっていることを初めて言葉にできた」と気づくことが多い。

福島のある木工家具メーカーでは、引退予定のベテラン木工職人の作業を3か月かけて撮影し、100時間分の動画ライブラリと50ページの技術解説書を作成しました。「自分がいなくなっても、この動画と解説書があれば後輩が学べる。これが自分の最後の作品だ」と職人が語ったのが印象的でした。

ステップ3:計画的なOJT

暗黙知を完全に形式知に変換することは不可能です。最終的には、「ベテランと若手が一緒に仕事をする中で伝える」OJTが不可欠。

しかし、「一緒に仕事をしているうちに自然と覚える」では間に合いません。計画的に「この技術を、この期間で、このレベルまで」教える計画を立てる必要があります。

宮城のある鋳物工場では、70歳のベテラン鋳造職人の引退までの3年間を「承継期間」と定め、後継者の30代社員と毎日4時間のペアワークを行うスケジュールを組みました。1年目は「見て学ぶ」、2年目は「やって見せてもらう」、3年目は「一人でやって確認してもらう」。この計画を経営会議で承認し、生産計画にも承継のための時間を組み込みました。


人脈と信頼関係の承継

事業承継で見落とされがちなのが、「人脈と信頼関係」の承継です。

東北の老舗企業では、「社長の顔」で仕事が来ていることが多い。取引先の社長同士が何十年も付き合っており、個人的な信頼で取引が続いている。この信頼関係は、後継者が就任した瞬間に引き継がれるわけではありません。

私が東北の企業に提案している「人脈承継」の方法は、以下の通りです。

第一に、「同行営業」の期間を設ける。後継者が現社長と一緒に取引先を回る期間を、最低1年間確保する。「次の社長です」と紹介し、取引先の社長と直接会話する機会を作る。2回、3回と顔を合わせるうちに、後継者自身の信頼が構築されていきます。

青森のある建材メーカーでは、後継者の長男が社長就任の2年前から、毎月1回の「同行営業デー」を設定。主要取引先30社を順番に回りました。社長就任時には、全取引先の社長と面識があり、「先代の息子さんなら安心だ」と言ってもらえる状態ができていた。

第二に、「地域活動への参加」。東北の老舗企業は、地域のお祭り、商工会、ロータリークラブ、青年会議所——こうした地域コミュニティとのつながりが事業の基盤になっています。後継者にこれらの活動に早い段階から参加してもらい、地域での「顔」を作る。

第三に、「金融機関との関係構築」。東北の中小企業にとって、地方銀行や信用金庫との関係は生命線です。後継者を金融機関の担当者に紹介し、経営計画のプレゼンを後継者が行う機会を作る。「この後継者なら大丈夫だ」と金融機関に認識してもらうことが、承継後の資金調達の安定性につながります。


経営哲学の承継——「言葉にならないもの」をどう伝えるか

最も難しいのが、経営哲学や価値観の承継です。

「うちは安さで勝負する会社じゃない。品質で勝負する会社だ」「地域に恩返しする気持ちを忘れるな」「社員は家族だ」——こうした経営者の信念は、日常の判断や行動に染み込んでおり、一言で伝えられるものではありません。

私が推奨しているのは、「経営者の口述記録」を残すことです。

現社長に、自社の歴史、経営判断の背景、危機をどう乗り越えたか、大切にしている価値観——これらを語ってもらい、文字に起こす。必ずしも出版する必要はありません。社内用の「社長の経営ノート」として、後継者に渡す。

秋田のある老舗味噌メーカーでは、4代目社長が引退前に「創業家の知恵」と題した30ページの手記を残しました。味噌づくりの技術だけでなく、「なぜ大量生産をせず少量にこだわるのか」「地元の大豆にこだわる理由」「先代が震災のときにどう判断したか」——こうしたエピソードが記録されている。5代目社長は「この手記が、自分の経営の羅針盤になっている」と語っています。


承継のタイムラインを設計する

事業承継と人材承継を同時に進めるためには、明確なタイムラインが必要です。

私が東北の老舗企業に提案している標準的なタイムラインは「5年計画」です。

1年目:承継の方針決定と現状把握。後継者の確定、技術の棚卸し、人脈の洗い出し。

2年目:承継の準備開始。後継者の経営参画、技術OJTの開始、同行営業の開始、経営哲学の記録。

3年目:権限の段階的移譲。後継者が一部の経営判断を担当。技術承継の中間チェック。

4年目:実質的な経営の移行。後継者が日常の経営を主導し、現社長はアドバイザー的立場に。

5年目:正式な承継完了。社長交代。現社長は会長または顧問として、一定期間フォロー。

このタイムラインは目安であり、企業の状況に応じて前後します。重要なのは、「ある日突然社長が交代する」のではなく、「段階的に移行する」ことです。

福島のある老舗建設会社では、この5年計画を実行しました。社長(当時67歳)が「72歳で引退する」と宣言し、5年間のロードマップを経営会議で共有。後継者の長男(当時38歳)が計画に基づいて準備を進め、予定通り5年後に社長交代を完了しました。「計画があったから、慌てずに済んだ。社員も取引先も、安心して移行を見守ってくれた」と新社長は振り返っています。


事業承継と人材承継は「同時に」進める

最後に、私が東北の老舗企業の経営者にお伝えしたいことがあります。

事業承継(株式・財務・法務の移転)と人材承継(技術・人脈・哲学の移転)は、どちらか一方だけでは不十分です。株式を移転しても、酒を造れる人がいなくなれば会社は存続できない。技術を承継しても、経営権の移転が円滑に進まなければ会社は混乱する。

東北の老舗企業が「次の百年」を歩むためには、この2つを車の両輪として同時に動かす必要があります。

それは、一人の経営者が抱え込む話ではありません。税理士、弁護士、金融機関、商工会、そして社内の幹部社員——関係者を巻き込み、計画的に、段階的に進める。その過程で、「なぜこの事業を続けるのか」という問いに改めて向き合うことが、承継を超えた企業の再生につながると私は信じています。

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