東北の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある知恵を会社の財産にするために
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東北の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある知恵を会社の財産にするために

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東北の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある知恵を会社の財産にするために

「うちの田中さん(55歳)は、機械のちょっとした音を聞くだけで故障の兆候がわかるんです。でも、『どうしてわかるんですか?』と聞いても、『長年やってるとわかるんだよ』としか言わない。田中さんが定年退職したら、その勘がまるごと消えてしまう。怖いんです」

岩手のある精密機械メーカーの工場長から聞いた言葉です。私はこの不安が、東北の中小企業全体に共通する深刻な経営課題であると認識しています。

「暗黙知」とは、個人の経験や感覚に基づく知識であり、言語化されていないために他者に伝えにくい知識のことです。ベテラン社員の「勘」「コツ」「判断基準」——これらはすべて暗黙知です。

一方、「形式知」とは、マニュアルやデータベースなどの形で言語化・数値化され、誰でもアクセスできる知識のことです。

東北の中小企業では、重要な業務知識の多くがベテラン社員個人の暗黙知として蓄積されています。そして、そのベテラン社員の高齢化と退職が進んでいる。暗黙知を形式知に変換しなければ、企業の競争力の源泉が人の退職と共に失われる。

私がこれまで東北の企業で暗黙知の形式知化を支援してきた経験から、具体的な方法をお伝えします。


暗黙知の喪失がもたらす経営的損失——数字で見る

暗黙知の喪失がどれだけの経営的損失を生むか、具体的に見てみましょう。

私が関わった宮城のある金属加工会社(従業員70名)のケースです。この会社の最も重要な技術は、特殊合金の溶接技術でした。この技術を完璧にこなせるのは、勤続35年のベテラン溶接工1名のみ。

このベテランが体調不良で1か月休んだとき、特殊合金の溶接案件をすべて外注に回さざるを得なくなりました。外注コストは月額で約250万円。1年間続けば3,000万円。しかも、外注先の品質が自社のベテランに及ばず、2件のクレームが発生。クレーム対応コストと信用低下の損失を加えると、年間の損失は4,000万円以上と推計されました。

この数字を経営会議で示したとき、社長は「暗黙知の形式知化は、設備投資と同じかそれ以上に重要な投資だ」と発言しました。

別の事例です。福島のある食品加工会社では、長年勤めた品質管理のベテランが定年退職した後、不良品率が0.5%から2.3%に跳ね上がりました。ベテランが「目で見て、手で触って、匂いを嗅いで」判断していた品質基準が、後任者に引き継がれていなかったのです。不良品率の上昇による損失は年間約800万円でした。


暗黙知が形式知にならない3つの壁

なぜ暗黙知の形式知化が進まないのか。東北の中小企業で私が見てきた3つの壁があります。

第一の壁は、「ベテラン自身が言語化できない」。暗黙知は、本人も「なぜできるのか」を説明できないことが多い。「体が覚えている」「感覚でわかる」——これは嘘ではなく、本当にそうなのです。何十年もの反復練習で身体に染みついた知識は、意識の表層に上がってこない。だから「教えて」と言われても、教える言葉が見つからない。

第二の壁は、「形式知化の時間が取れない」。東北の中小企業は慢性的な人手不足です。ベテランも日々の業務に追われ、「自分の知識を文書にまとめる」時間がない。「退職するまでにまとめよう」と思いながら、結局まとめる時間がないまま退職日を迎える。

第三の壁は、「形式知化への心理的抵抗」。ベテランの中には、「自分の技術が自分の存在価値」だと感じている人がいます。その技術を文書化して共有してしまったら、自分の居場所がなくなる——この不安が、無意識のうちに形式知化への協力を阻んでいる場合があります。

秋田のある建設会社のベテラン現場監督に暗黙知の記録をお願いしたとき、最初は「忙しいから無理だ」と断られました。しかし本当の理由は後日わかりました。「自分の経験が紙に書けるような簡単なものだと思われたくない」という矜持だったのです。


暗黙知を引き出す5つの手法

ベテランの暗黙知を引き出すために、私が東北の企業で実践している5つの手法を紹介します。

手法1:作業観察とインタビューの組み合わせ

ベテランの作業を横で観察しながら、「今、何を見ていますか」「なぜそうしたんですか」と質問する手法です。作業の最中に聞くことで、無意識に行っている判断を意識の表層に引き上げることができます。

山形のある漆器工房で、塗師のベテラン職人の作業を3日間観察しました。観察者が「今、筆の角度を変えましたよね。なぜですか?」と質問すると、「ああ、ここは漆の厚みを均一にするために少し寝かせるんだ」と答えが返ってきた。本人は無意識にやっていたことが、質問によって言語化された瞬間です。

手法2:動画撮影と解説の付加

作業の様子をスマートフォンやビデオカメラで撮影し、後から本人に解説を加えてもらう手法です。動画を見ながら「ここではこういう判断をしている」と説明してもらうことで、リアルタイムでは言語化できなかった知識が引き出されます。

盛岡のある鋳造工場では、全15工程の作業を動画で撮影し、各工程のベテランに解説音声を吹き込んでもらいました。合計40時間分の動画ライブラリが完成し、新人教育の基盤になっています。「マニュアルを読んでもわからなかったことが、動画を見たら一発でわかった」という声が多数上がりました。

手法3:失敗事例の記録

「うまくいった事例」よりも「失敗した事例」の方が、暗黙知の宝庫です。「この材料をこの温度で加工するとこうなってしまう」「こういう天候の日はこの工程に注意が必要」——失敗から得た教訓は、ベテランの暗黙知の核心部分です。

私が推奨しているのは、「ヒヤリハット記録」の応用です。安全管理のヒヤリハットと同様に、品質面や効率面での「危なかった経験」「失敗した経験」を記録する仕組みを作る。月1回のミーティングでベテランが失敗体験を語り、それを記録する。

宮城のある食品加工会社では、ベテラン社員5名の「失敗事例集」を作成しました。各人が経験した重大な失敗を10件ずつ、計50件の事例を記録。「このケースではこうすべきだった」という教訓付き。新人が入社時に必ず読む「必読書」になっています。

手法4:ペアワーク方式

ベテランと若手をペアにして一定期間一緒に業務を行い、若手が「ベテランの行動の中で理解できなかったこと」をリストアップする手法です。若手の「なぜ?」が、ベテランの暗黙知を掘り起こすきっかけになります。

福島のある電子部品メーカーでは、ベテランの検査員と入社2年目の社員をペアにし、3か月間一緒に検査業務を行いました。若手が毎日「今日の疑問リスト」を作成し、終業時にベテランと15分の振り返りを行う。3か月で蓄積された「疑問と回答」は、そのまま検査マニュアルの素材になりました。

手法5:比較実験法

ベテランのやり方と標準マニュアルのやり方を比較し、「違い」を明らかにする手法です。「マニュアル通りにやるとこうなるが、ベテランがやるとこうなる。なぜか」——この差分の中に暗黙知が隠れています。

青森のある水産加工会社で、ベテランの切り身職人とマニュアル通りに作業する若手の成果物を比較しました。見た目は似ているが、ベテランの切り身は均一で歩留まりも5%高い。「なぜ差が出るのか」を分析したところ、ベテランは魚の身の繊維の方向を見て包丁の角度を微調整していることがわかりました。この知見を写真付きのマニュアルに落とし込み、若手の歩留まりが3%改善しました。


形式知化の3つの形態——「文書」「動画」「データベース」

引き出した暗黙知を形式知として保存する形態は、主に3つあります。

第一に、「文書マニュアル」。作業手順書、品質基準書、チェックリスト。文字と写真で構成される伝統的な形態です。作成に手間がかかりますが、検索性が高く、必要な箇所だけを素早く参照できる利点があります。

第二に、「動画ライブラリ」。作業の様子を動画で記録し、タブレットやスマートフォンから閲覧できるようにする。文書では伝わりにくい「手の動き」「角度」「タイミング」を視覚的に伝えられます。

第三に、「ナレッジデータベース」。過去の事例、Q&A、判断基準をデータベース化し、キーワードで検索できるようにする。Excelやスプレッドシートでも構いません。

私が東北の中小企業に推奨しているのは、「文書 + 動画」の組み合わせです。まず動画で全体の流れを把握し、詳細は文書で確認する。この2つがあれば、ベテランがいなくても作業を再現できる環境が整います。

秋田のある機械メーカーでは、退職予定のベテラン旋盤工の技術を6か月かけて形式知化しました。作業マニュアル150ページ、動画50本、品質チェックリスト20枚。「自分がいなくなっても、これがあれば大丈夫だ」とベテランは語りました。実際に退職後、後任者はこれらの資料を活用して3か月で実務レベルに到達。通常6か月かかる習熟期間が半分に短縮されました。


ベテランの協力を得るための工夫

暗黙知の形式知化は、ベテランの協力なしには成り立ちません。その協力を得るための工夫を紹介します。

第一に、「教える役割」を正式に評価に組み込む。暗黙知の形式知化への貢献を人事評価の項目に入れ、「技術伝承手当」として月額5,000〜10,000円を支給する。

第二に、「自分の技を後世に残す」という意義を伝える。「あなたの技術は会社の宝です。それを形にして残すことが、あなたの最大の貢献です」——この言葉が、ベテランの矜持に響きます。

第三に、「負担を最小限にする」。ベテランに文書を書かせるのではなく、インタビュー形式で話してもらい、記録は別の担当者が行う。ベテランは「話すだけ」でいい形にする。

山形のある食品メーカーでは、60代のベテラン製造主任の暗黙知を形式知化するプロジェクトを立ち上げました。製造主任自身は文書作成が苦手だったため、入社3年目の社員がインタビュアーとして週2回30分の聞き取りを行い、記録をまとめました。半年間で200ページの「製造技術伝承ノート」が完成。製造主任は「自分の経験がこんな立派な形になるとは思わなかった」と喜び、プロジェクト後も自発的に追記を続けています。


形式知化のプロジェクト計画——「全部を一度に」ではなく優先順位をつける

暗黙知の形式知化は、全社の全業務を一度にやろうとすると頓挫します。優先順位をつけて段階的に進める必要があります。

私が東北の企業に推奨している優先順位づけの基準は2つです。

基準1:「代替不可能性」。その知識を持つ人が社内に何名いるか。1名しかいない場合は最優先。複数名いる場合は優先度を下げる。

基準2:「退職までの猶予」。知識を持つベテランの退職予定時期が近い順に優先する。定年まで10年あるベテランより、来年退職するベテランの暗黙知を先に形式知化する。

岩手のある機械製造会社では、全社の「暗黙知リスクマップ」を作成しました。縦軸に「知識の保有者が1名のみの業務」、横軸に「保有者の退職予定年」を取り、「来年退職予定で代替者がいない」業務を最優先対象として3件特定。この3件から集中的に形式知化を進めています。


暗黙知の形式知化は「終わり」のない取り組み

最後に、私が東北の企業にお伝えしたいことがあります。

暗黙知の形式知化は、一度やれば終わるものではありません。事業環境が変われば新しい知識が生まれ、技術が進歩すれば既存の知識が陳腐化します。形式知化は、継続的に更新し続ける取り組みです。

しかし、「完璧を目指す必要はない」とも付け加えます。ベテランの暗黙知の100%を形式知にすることは不可能です。70%でも60%でも、形式知にできた分だけ、組織の知的資産は増える。「やらないよりはやった方がいい」のレベルでも、十分に価値があります。

東北の中小企業には、何十年もの歴史の中で蓄積された暗黙知があります。それは、設備や資金と同等かそれ以上に価値のある経営資源です。その資源が、ベテランの退職と共に消えてしまう前に、形式知として会社の財産に変える。この取り組みが、東北の中小企業の持続的な競争力を支える基盤になると私は確信しています。

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