
東北の企業がタレントマネジメントを始めるための第一歩——「人材の見える化」から始める身の丈に合った取り組み
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東北の企業がタレントマネジメントを始めるための第一歩——「人材の見える化」から始める身の丈に合った取り組み
「タレントマネジメントって、大企業がやるシステムを入れるやつでしょう? うちみたいな80人の会社には関係ないですよ」
秋田のある建設会社の社長から言われた言葉です。私はこの反応を東北の中小企業で何度も聞いてきました。「タレントマネジメント」という言葉が、大規模なシステム導入やコンサルティングと結びついて認識されているため、東北の中小企業には縁遠いものと思われている。
しかし、タレントマネジメントの本質は、システムの導入ではありません。「社員一人ひとりの能力・適性・キャリア志向を把握し、最適な配置・育成・登用を行うことで、組織の成果を最大化する」——これがタレントマネジメントの定義です。
この定義に照らせば、東北の中小企業こそタレントマネジメントが必要であり、かつ実践しやすい環境にあると私は考えています。大企業のように数千人の社員データをシステムで管理する必要はない。80人の社員の顔と名前がわかる規模だからこそ、人にフォーカスしたマネジメントが可能です。
私がこれまで東北の企業でタレントマネジメントの導入を支援してきた経験から、「第一歩」として何をすべきかをお伝えします。
なぜ東北の中小企業にタレントマネジメントが必要なのか
東北の中小企業にタレントマネジメントが必要な理由を、3つの経営課題から説明します。
第一に、「人材の採用が困難になっている」。東北の労働市場は縮小し続けています。新しい人材を外から獲得するのが難しいからこそ、今いる社員の能力を最大限に引き出す必要がある。「足りない人材を外から採る」から「今いる人材を最適に活かす」への発想転換です。
第二に、「人材配置のミスマッチ」。東北の中小企業では、人材の配置が「たまたまそうなった」ケースが多い。入社時に空いていたポジションに配属され、そのまま何年も同じ部署にいる。本人の適性やキャリア志向と関係なく配置が決まっている。このミスマッチが、生産性の低下と離職の原因になっています。
私が関わった宮城のある食品メーカー(従業員75名)で、全社員の「現在の業務への適性」と「本人の希望」を調査したところ、約3割の社員が「自分の強みが活かされていない」と感じていました。さらに、その3割の社員の離職意向が、他の社員と比べて2倍以上高かった。
第三に、「後継人材の不足」。管理職候補、技術承継者、次世代リーダー——将来の組織を担う人材が計画的に育成されていない。「いざというとき、あのポジションを任せられる人がいない」という事態は、東北の中小企業で頻繁に発生しています。
タレントマネジメントの第一歩——「人材の見える化」
タレントマネジメントの第一歩は、「人材の見える化」です。つまり、「誰が、何ができて、何を望んでいるか」を一覧にすることです。
私が東北の中小企業に推奨している「人材情報シート」のフォーマットを紹介します。Excelで作成でき、特別なシステムは不要です。
項目は以下の9つです。
- 氏名・所属・役職
- 入社年・年齢・勤続年数
- 保有スキル・資格
- 過去の担当業務・プロジェクト経験
- 強み(上司評価 + 本人自己申告)
- 課題(上司評価 + 本人自己申告)
- キャリア志向(本人の希望する将来のキャリア)
- 育成計画(今後1年で身につけてほしいスキル)
- 後継候補(このポジションの後継者候補は誰か)
この9項目を全社員分集めると、組織の「人材地図」が完成します。
山形のある製造業(従業員60名)でこの人材情報シートを作成したところ、経営者は「こんなに人材のことがわかっていなかったのか」と驚きました。ある社員がTOEIC 800点以上の英語力を持っていたが、海外取引の担当にはなっていなかった。別の社員がIT関連の資格を持っていたが、DX推進プロジェクトのメンバーに入っていなかった。「宝の持ち腐れ」が何件も見つかったのです。
人材の見える化を進めるための具体的手順
人材の見える化を進めるための手順を紹介します。
ステップ1:社員へのアンケート実施。全社員に「スキル・経験・キャリア志向に関するアンケート」を実施する。項目は「保有資格」「得意な業務」「苦手な業務」「今後やってみたい仕事」「3年後のキャリアの希望」など。回答時間は15〜20分程度。
ステップ2:上司からの情報収集。各部門の管理職に、部下の「強み」「課題」「成長ポテンシャル」「推奨する育成方針」を記入してもらう。
ステップ3:人材情報シートの統合。アンケート結果と上司情報を1枚のシートに統合する。Excelのピボットテーブルを使えば、「部署別」「スキル別」「年齢別」などの切り口で分析できます。
ステップ4:経営会議での人材レビュー。人材情報シートを基に、経営者と管理職が「人材レビュー会議」を開催する。「この社員は現在のポジションで力を発揮しているか」「配置転換が必要な社員はいないか」「将来の管理職候補は誰か」を議論する。
仙台のある商社(従業員100名)では、半期に1回の「人材レビュー会議」を導入しました。社長、各部門長、人事担当者が参加し、全社員の人材情報を2時間かけてレビューする。「この社員はそろそろ新しい仕事を任せてみよう」「この社員は管理職候補として育成しよう」——こうした議論が、計画的な人材活用につながっています。
9マスの人材ポートフォリオ——「ハイパフォーマー」と「ハイポテンシャル」を見極める
人材の見える化が進んだら、次は人材の「分類」です。
私が東北の企業に提案しているのは、「9マスの人材ポートフォリオ」というフレームワークです。縦軸に「現在のパフォーマンス(高・中・低)」、横軸に「将来のポテンシャル(高・中・低)」を取り、全社員を9つのマスのいずれかに配置する。
右上のマス(パフォーマンス高 × ポテンシャル高)は「スター人材」。組織のエースであり、将来の幹部候補。手厚い育成とリテンション(引き留め)が必要。
左下のマス(パフォーマンス低 × ポテンシャル低)は、配置転換や支援が必要な人材。
中間のマスに位置する社員が大多数であり、「何をすればパフォーマンスが上がるか」「ポテンシャルを引き出すためにどんな経験を積ませるか」を個別に検討する。
岩手のある機械メーカー(従業員50名)でこの9マスを作成したところ、「スター人材」に分類される社員が3名いることがわかりました。しかし、3名のうち2名は「今の仕事にやりがいを感じていない」とアンケートに回答していた。放置すれば離職のリスクが高い。すぐに個別のキャリア面談を実施し、新しいプロジェクトへの参画を提案しました。
タレントマネジメントと育成計画の連動
人材の見える化と分類ができたら、「誰に、何を、いつまでに」育成するかの計画を立てます。
私が東北の企業に推奨している育成計画のフォーマットは「個人育成計画書」です。A4用紙1枚で、以下の項目を記載します。
「現在のスキルレベル」「1年後の目標スキルレベル」「達成のための具体的なアクション(研修参加、OJT、資格取得、プロジェクト参画等)」「支援者(上司、メンター等)」「進捗確認のタイミング(四半期ごと)」。
青森のある食品加工会社(従業員45名)では、全社員の個人育成計画書を作成し、四半期ごとに上司と面談で進捗を確認する仕組みを導入しました。「自分のための育成計画が会社にある」という事実自体が、社員のエンゲージメントを高めています。「前の会社では、自分の育成なんて考えてくれなかった。ここでは会社が自分の成長を真剣に考えてくれている」——ある社員の言葉です。
東北の中小企業だからこそできるタレントマネジメント
東北の中小企業がタレントマネジメントを実践する上で、大企業にはない強みがあります。
第一に、「経営者が全社員を把握できる」。80名の会社であれば、社長が全社員の顔と名前と仕事ぶりを知っている。大企業ではシステムなしには不可能なことが、中小企業では日常のコミュニケーションの中で実現できます。
第二に、「配置転換の意思決定が速い」。大企業では配置転換に複数の承認プロセスが必要ですが、中小企業では社長の判断で翌月から異動を実行できる。「この社員には新しい仕事を経験させよう」と思ったら、すぐに実行できるスピード感があります。
第三に、「一人ひとりに合わせた育成ができる」。大企業の育成は「階層別研修」など画一的になりがちですが、中小企業は個人の特性に合わせたオーダーメイドの育成が可能です。
福島のある建設会社の社長は、タレントマネジメントを導入した感想をこう語りました。「特別なシステムは入れていない。Excelと面談だけ。でも、社員のことをこんなに理解できたのは初めてだ。今まで『社員のことはわかっているつもり』だったが、つもりでしかなかった」。
タレントマネジメントは「特別なこと」ではない
最後に、私が東北の企業にお伝えしたいことがあります。
タレントマネジメントは、高額なシステムを導入し、コンサルタントを雇って始めるものではありません。「社員一人ひとりのことを知り、その人の力を最大限に活かす」——この当たり前のことを、仕組みとして実行するだけです。
Excelで人材情報シートを作り、半期に1回の人材レビュー会議を行い、個人育成計画書を運用する。これだけで、タレントマネジメントの基盤は整います。
東北の中小企業は、「人が少ない」からこそ、一人ひとりの力を最大限に引き出す必要がある。そのための第一歩が、「人材の見える化」です。自社の人材がどんな能力を持ち、何を望んでいるかを知ること。その知識を基に、最適な配置と育成を行うこと。
この地道な取り組みが、東北の中小企業の組織力を根本から高めていくと私は確信しています。
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