
東北の企業が「心理的安全性」のある職場を作る方法——「何も言わない」は「問題がない」ではない
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東北の企業が「心理的安全性」のある職場を作る方法——「何も言わない」は「問題がない」ではない
「うちの会社は平和ですよ。社員から不満の声は出ていませんし、会議でも特に反対意見は出ません」
岩手のある食品メーカーの社長がこう語ったとき、私は「それは心理的安全性が高いのではなく、低いのかもしれません」と率直に伝えました。
社長は驚きました。「不満が出ていないのに、問題があるんですか?」と。
東北の企業では、「波風を立てない」「上の人に逆らわない」「我慢する」ことが美徳とされる文化があります。この文化は人間関係を穏やかに保つという長所がありますが、「本音が言えない組織」を作ってしまうリスクも孕んでいます。
「心理的安全性」とは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「チームの中で、自分の意見、質問、懸念、失敗を率直に発言しても、罰せられたり恥をかかされたりしないと信じられる状態」を指します。
心理的安全性が低い組織では、社員は問題に気づいても報告しない。改善のアイデアがあっても提案しない。わからないことがあっても質問しない。この「沈黙の組織」が、品質問題の隠蔽、イノベーションの停滞、人材の離職を引き起こします。
私がこれまで東北の企業で心理的安全性の向上に取り組んできた経験から、具体的な方法をお伝えします。
「心理的安全性の欠如」が生む経営リスク——東北の事例から
心理的安全性の低い組織でどのような問題が起きるか、東北の実例を紹介します。
事例1:宮城のある製造業で、品質検査の工程でベテラン検査員が基準を逸脱した判断をしていることに、若手社員が数か月前から気づいていました。しかし、「ベテランに物を言えない雰囲気」があり、報告できなかった。結果として不良品が取引先に流出し、クレームと賠償で500万円以上の損失が発生しました。若手社員に「なぜ早く言わなかったのか」と聞いたところ、「言ったら怒られると思った」という答えでした。
事例2:秋田のあるサービス業で、業務改善のアイデアを持った中堅社員がいました。しかし、過去に別の社員が提案したとき、社長が「余計なことを考えてないで本業に集中しろ」と言ったのを見ていたため、提案を控えました。その改善アイデアは、年間約300万円のコスト削減につながるものだったことが後日判明しました。
事例3:山形のあるIT企業で、プロジェクトの進捗が遅れていることをメンバーが報告できず、デッドライン直前に問題が表面化。クライアントとの信頼関係に深刻なダメージを与えました。「遅れを報告したら叱られる」という恐れが、問題の早期対処を妨げたのです。
これらの事例に共通するのは、「言えなかった」ことで損失が拡大した点です。心理的安全性の欠如は、直接的な経営損失を生む問題なのです。
心理的安全性のレベルを診断する——5つのチェック項目
自社の心理的安全性がどのレベルにあるか、簡易的に診断する5つの質問を紹介します。
質問1:会議で反対意見や異なる視点が出るか。→ 出ない場合は心理的安全性が低い可能性がある。
質問2:ミスや失敗を報告するのに躊躇する社員がいるか。→ いる場合は心理的安全性に問題がある。
質問3:「わからない」と正直に言える雰囲気があるか。→ ない場合は心理的安全性が低い。
質問4:上司に対して率直に意見を述べる社員がいるか。→ いない場合は注意が必要。
質問5:新しいアイデアや改善提案が社員から出てくるか。→ 出ない場合は心理的安全性の問題を疑う。
福島のある建設会社でこの診断を経営会議で実施したところ、5項目すべてが「問題あり」に該当しました。社長は「うちは風通しが良い会社だと思っていたが、それは自分の思い込みだったかもしれない」と語りました。
心理的安全性を高める5つの施策
東北の企業で心理的安全性を高めるために、私が実践している5つの施策を紹介します。
施策1:「失敗の共有」を制度化する
失敗を隠す文化を変えるために、「失敗の共有」を制度化します。
月1回の「しくじり報告会」を開催し、各部署から「今月の失敗とそこから得た学び」を発表してもらう。重要なのは、発表者を称賛すること。「失敗を正直に報告してくれてありがとう。この学びは全員の財産です」——このフィードバックが、「失敗を報告しても大丈夫だ」という安心感を生みます。
盛岡のある製造業では、社長が毎月の全社ミーティングで「今月の自分の反省点」を最初に発表しています。「社長でも失敗を認める」という姿勢が、組織全体の心理的安全性を高めています。「社長が自分の失敗を語るんだから、自分も正直に言っていい」——社員のこの認識が、報告の文化を変えました。
施策2:「問いかけ」の習慣を管理職に根付かせる
心理的安全性は、管理職の日常的な「問いかけ」によって育まれます。
「何か困っていることはないか」「この件について、別の見方はないか」「反対意見がある人はいないか」——管理職が積極的に問いかけることで、部下が発言しやすい土壌が作られます。
特に東北では、「聞かれなければ言わない」傾向が強い。だからこそ、管理職が「聞く側」に回ることが重要です。
仙台のあるIT企業では、チーム会議の冒頭に「今日のチェックイン」として、全メンバーが一言ずつ「今の気持ち」を共有する時間を設けています。「今日は少し疲れています」「先週の案件がうまくいってテンション高めです」——こうした些細な共有が、「この場では正直に話していい」という空気を作ります。
施策3:「対話」の場を設計する
心理的安全性を高めるための「対話の場」を意図的に設計します。
第一に、「1on1ミーティング」の導入。上司と部下の月1回30分の個別対話。上司は「聞く」ことに徹し、アドバイスや評価はしない。
第二に、「ラウンドテーブル」の開催。社長と若手社員5〜6名の少人数対話。「社長に直接聞きたいことは何でも聞いていい」というルールで実施する。
青森のある水産加工会社の社長は、四半期に1回のラウンドテーブルを続けています。最初は沈黙が続いたが、回を重ねるごとに質問が増え、今では「社長、あの方針は現場の実態と合っていないのですが」と率直な意見が出るようになりました。
施策4:「心理的安全性」を評価に組み込む
管理職の評価項目に「チームの心理的安全性」を含めます。
具体的には、部下向けのサーベイで「上司に率直に意見を言えるか」「チームで失敗を報告しやすい雰囲気があるか」を定期的に測定し、そのスコアを管理職の評価に反映させる。
「心理的安全性の高いチームを作ること」が管理職の仕事の一部であるという認識を根付かせます。
施策5:「小さな成功体験」を積み重ねる
心理的安全性は一朝一夕には高まりません。「勇気を出して発言したら、ちゃんと受け止めてもらえた」——この小さな成功体験の積み重ねが、組織の心理的安全性を徐々に高めていきます。
山形のある製造業では、「改善提案制度」を導入し、社員が匿名でも実名でも改善提案を出せる仕組みを作りました。提案の採否にかかわらず、すべての提案に対してフィードバックを返す。「この提案はこういう理由で今は実行が難しいが、来期に検討する」——丁寧な対応が、「提案しても無駄じゃない」という実感を生みます。
東北の文化と心理的安全性——両立は可能か
東北の「控えめな文化」と「心理的安全性」は矛盾するものなのか。私の答えは「矛盾しない」です。
心理的安全性は、「何でもストレートに物を言う」ことではありません。「必要なことを、必要なときに、率直に言える」ことです。東北の人の控えめさは、配慮や思いやりの表れであり、それ自体は素晴らしい文化です。
問題は、「配慮」が「沈黙」になってしまうことです。「言うべきことを、配慮しながらも伝えられる」——この状態が、東北の企業が目指すべき心理的安全性の姿です。
宮城のある企業の管理職はこう語りました。「以前は部下が何も言わないのを『問題がない証拠』だと思っていた。でも、心理的安全性のことを学んで、『何も言わない』のは『言えないだけ』かもしれないと気づいた。今は『何か気になることはないか』と自分から聞くようにしている。すると、今まで知らなかった現場の課題がたくさん出てきた」。
心理的安全性のある職場は、「居心地のいいぬるま湯」ではありません。「率直に議論し、互いの力を引き出し合う、厳しくも温かい職場」です。東北の企業が持つ「互いを思いやる文化」の上に、「率直に語り合う力」を加える。それが、東北の企業の組織力を一段高みに引き上げると私は確信しています。
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