
エンゲージメント、「数字を上げること」が目的になっていないか
目次
エンゲージメント、「数字を上げること」が目的になっていないか
「エンゲージメントサーベイをやったけど、どう活用したらいいか分からない」——こういう声を聞くことがあります。
一方で「サーベイをやると、かえって不満が可視化されて怖い」という声も。エンゲージメントという言葉が広まったことで、「測ること」に力が注がれ、「どう活かすか」が後回しになっているケースもあるのではないでしょうか。
エンゲージメントは、数字が目的ではありません。「社員が仕事に意味を感じ、組織に貢献したいと思えているか」という状態の話であり、それが事業の成果につながるかどうかが本質だと思っています。
東北ならではのエンゲージメントの文脈
東北の人々には、「地域への愛着」「仲間への責任感」「粘り強く働く姿勢」という文化的な強みがあります。東日本大震災後の復興過程では、仕事を通じて地域に貢献するという意識を持つ社員が多くなったという声もあります。
一方で、長時間労働の慣習が残る職場や、「石の上にも三年」という忍耐型の働き方文化の中では、「仕事の意味」を問い直す機会が少ないこともあります。若い世代が「なぜここで働くのか」という問いを持ち始めたとき、その問いに答えられない職場からは離れていく傾向があります。
東北の企業が次世代の人材を引き留めるためには、「地元だから残る」ではなく「ここで働くことに意味がある」という体験を提供できるかどうかが重要になっています。
なぜ今、エンゲージメントが重要なのか——事業コストとして捉える
エンゲージメントの低下は、事業の数字に現れます。
離職率が高い職場では、採用・教育コストが継続的に発生します。東北の中小企業(従業員50名規模)で年間離職率が10%であれば、5名が毎年入れ替わる計算です。1人あたりの採用・教育コストを100万円とすれば、年間500万円が「人が定着しないこと」によって失われています。エンゲージメント向上で離職率を5%に下げれば、年間250万円のコスト削減になる。
製造業の歩留まり率への影響も見逃せません。エンゲージメントが低い職場では、作業ミス・確認漏れ・小さな手抜きが積み重なります。歩留まり率が1%下がれば、年間の廃棄・再加工コストは生産規模によって数十〜数百万円規模になります。この数字を人事が把握して経営に提示できると、「エンゲージメント施策への投資」の根拠が一気に明確になります。
医療福祉では、患者・利用者満足度と職員のエンゲージメントには相関があることが複数の調査で示されています。利用者満足度が下がれば、口コミ評判の悪化・利用者減につながる。これも経営数字の問題です。
エンゲージメントは「社員に良いことをする」だけの話ではありません。「見えないコストを削減し、事業の持続的成長を支える基盤をつくる」投資として捉えることで、経営者との対話が変わります。
実践に向けた3つの視点
視点1:「何がエンゲージメントを下げているか」を丁寧に聞く
エンゲージメントサーベイで低スコアが出たとき、すぐに施策を打つのは早計かもしれません。まず「なぜそうなっているのか」を聞くことが大切です。
サーベイの数字は「症状」であり、「原因」は深掘りしないと見えません。低スコアの部門のマネジャーや社員と対話し、「どんな場面でモチベーションが下がるか」「何があれば変わると思うか」を聞くことで、打ち手の方向が見えてきます。
視点2:「承認される体験」を増やす設計をする
エンゲージメントの源泉の一つは、「自分の仕事が誰かの役に立っている」「自分の努力を見てもらえている」という体験です。
定期的な1on1・良い仕事を称える場・チームの成果を可視化する機会——こういった「承認の設計」が、日常の中にどのくらいあるかを確認してみてほしいと思います。特に東北の中小企業では、「仕事ができて当たり前」という雰囲気が強く、良いことに対するフィードバックが少ないケースもあります。
視点3:「仕事の意味」を経営ストーリーとして語る
社員が「この会社で働く意味」を感じられるかどうかは、経営者・管理職が「この会社は何のために存在するのか」「これからどこへ向かうのか」を語れているかどうかに関わっています。
人事担当者は、このストーリーを社員に届ける役割を担えます。採用時・入社時・節目の全社ミーティング——こういった場面で、経営のビジョンと社員一人ひとりの仕事がどうつながるかを語れる機会をつくることが、エンゲージメントの土台をつくります。
ある東北の企業では
青森県のりんご加工食品メーカーでは、パート社員を含む全員を対象に年1回のエンゲージメントサーベイを実施していました。しかし、スコアの低い項目に対して施策を打っても、翌年のスコアが変わらず、担当者が「何が足りないのか」と悩んでいました。
振り返ってみると、「サーベイ結果を経営会議で報告するだけで、現場への還元がなかった」ことが分かりました。そこで翌年から、サーベイ後に部門ごとに「調査結果の共有会」を開き、「あなたたちの声がこう届きました」「この点は来期こう変えます」を伝えるようにしました。
結果として「会社が声を聞いてくれる」という感覚が広がり、翌年のサーベイのスコアが複数項目で改善。パート社員からの自発的な改善提案も増えたといいます。
東北の企業でエンゲージメントを高めた実践から
東北の企業でエンゲージメントの取り組みが実際に効果を上げたケースには、共通したパターンがあります。
岩手の農業法人では、パートタイムのスタッフも含めた全員が「この農園で働くことの意味」を共有するために、月に一度の「農場ミーティング」を始めました。収穫量や品質の数字を共有するだけでなく、「今月、特にお客さんから喜ばれた商品」「スタッフが工夫した点」を発表する5分のコーナーを設けた。「自分の仕事がお客さんの顔に直接つながっている」という実感が、モチベーションを高めたといいます。
宮城の製造業では、「無記名の意見箱」を設置しました。最初はほとんど何も入ってこなかった。でも、人事担当者が毎月「意見箱に入っていたこと(内容・件数)と、それに対して会社がどう動いたか」を掲示するようにしたところ、3ヶ月後から少しずつ声が入るようになった。「聞いてもらえる」という実感が、次の声を引き出した形です。
エンゲージメントを高めるための仕掛けは、大掛かりなものである必要はありません。「仕事が誰かの役に立っている実感」「自分の声が届く場がある」「成長できている手応えがある」——この三つを日常の中に少しずつ増やすことが、エンゲージメントの土台になります。
エンゲージメントと「離職の前兆」をつかむ
エンゲージメントの活用で見落とされがちなのが、「離職の前兆を早期に察知する」という機能です。
エンゲージメントが下がると、通常いくつかのサインが現れます。1on1での話が短くなる・以前は積極的だった発言が減る・欠勤や遅刻が増える・「最近どう?」という問いへの答えが表面的になる——これらは「いつもと違う」という変化のサインです。
こうした変化を「個人の問題」として見逃さず、「組織の状態を示すシグナル」として捉えることが重要です。エンゲージメントサーベイは年1回や四半期ごとが多いですが、管理職が日常の観察を通じて「今月の部署の状態」を感覚的に把握していることが、より早い対応を可能にします。
人事担当者は、管理職が「部下のエンゲージメントの変化に気づく目」を持てるよう支援する役割を担えます。「最近、チームで気になる動きはありますか」という問いを管理職との1on1に入れるだけで、管理職の観察力が変わることがあります。
また、「退職前インタビュー(退職した後の追跡調査)」よりも、「入社3〜6ヶ月のパルスサーベイ(短い頻度でのアンケート)」の方が、離職防止に有効なケースもあります。入社後の早期定着期にこそ、こまめな状態確認が効果的です。
よくある失敗パターン
「スコアを上げることが目的になる」:エンゲージメントスコアは手段です。スコアを良く見せるための施策(回答前のプレッシャー、表面的なイベントなど)は、かえって信頼を失います。
「サーベイで終わる」:調査して結果を開示するだけでは、「聞きっぱなし」という印象を与えます。結果を踏まえて何かが変わることが、次のサーベイへの信頼につながります。
「全員への一律施策で対応する」:エンゲージメントが低い理由は部門・職種・個人によって異なります。一律の福利厚生追加ではなく、原因に応じた対応が必要です。
「事業を伸ばす人事」を東北から
東北の企業で働く社員の多くは、「地域に残ること」「地域に貢献すること」への想いを持っています。その想いと仕事をつなげられる職場環境をつくることが、エンゲージメントを高める最大の源泉かもしれません。
「社員が仕事に意味を感じている状態」は、目に見えにくいけれど、事業の継続性を支える根幹です。その根幹を育てる仕事が、人事担当者にできることの中核の一つだと思っています。
東北の企業に働く人たちは、「地元を守りたい」「地域に貢献したい」という気持ちを持っている人が多い。この気持ちは、エンゲージメントの強力な源泉です。でも、その気持ちが「仕事とつながっていない」と感じると、人は離れていきます。
人事担当者が「この会社で働くことが、地域や社会につながっている」というストーリーを語り続けることが、エンゲージメントを維持する地盤になります。採用時・入社時・節目のタイミングで、そのストーリーを社員に届け続けること——それは地味な仕事ですが、確かに組織の空気を変えていきます。
「仕事に意味がある」と感じながら働く社員が増えることが、東北の産業を支え続ける力になる。人事担当者の仕事が、そこに貢献していると信じながら、一日一日積み重ねていきましょう。
エンゲージメントを「習慣」として経営に位置づける
エンゲージメントの取り組みが継続しない理由の一つに、「イベント的な施策になってしまう」ことがあります。バーベキュー大会、社員旅行、スポーツイベント——こういったイベントは一時的な盛り上がりを生みますが、翌週には元の空気に戻ることもある。
エンゲージメントを維持するには、日常の中に「意味を感じる瞬間」を繰り返しつくる習慣が必要です。週に一度の短いチームミーティングで「今週よかったこと」を一人ひとりが話す。月に一度の1on1で「今自分が最も力を入れていること」を話す。これらは特別なイベントではなく、日常の習慣として根付くことで初めて効果が出ます。
また、「経営がエンゲージメントを本気で考えている」というシグナルを社員に届けることが重要です。サーベイ結果を経営者が自ら全員に話す、エンゲージメント改善の取り組みを経営方針として明示する——こうした行動が、「この会社は社員を大切にしている」という実感につながります。人事担当者が一人でエンゲージメントを支えようとするのではなく、経営を巻き込むことが、持続的な取り組みの鍵です。
エンゲージメントをもっと深く考えたい方へ
社員の関与を高め、事業成果につなげる実践を学べる講座です。
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人事図書館 https://hr-library.jp/?utm_source=note&utm_medium=article&utm_campaign=library_tohoku_engagement
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