
東北の物流企業がドライバー不足に立ち向かう人事戦略——2024年問題のその先を見据えて
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東北の物流企業がドライバー不足に立ち向かう人事戦略——2024年問題のその先を見据えて
「今のドライバーの平均年齢が55歳。あと10年で半分が退職する。それまでに次の世代を育てないと、物が運べなくなる」
岩手のある運送会社の社長は、冷静に、しかし切実な表情でこう語りました。2024年4月にトラックドライバーの時間外労働の上限規制が適用されてから2年。東北の物流企業は、規制への対応に加えて、根本的なドライバー不足という構造的課題に直面しています。
東北は広大な面積に都市が分散する地理的特性を持ち、物流は地域経済の生命線です。農産物の出荷、製造業の部品供給、小売業への商品配送——物が動かなければ、東北の経済は止まる。
この危機的な状況に対して、「待遇を上げればドライバーが来る」「外国人ドライバーに頼る」という場当たり的な対応では限界があります。必要なのは、ドライバーの「採用」「定着」「育成」を一体的に捉えた人事戦略です。
東北の物流が直面する「三重苦」
東北の物流企業が直面するドライバー不足は、3つの要因が重なった「三重苦」です。
第一に、高齢化。東北のトラックドライバーの平均年齢は全国平均よりもさらに高く、55歳を超えている企業も珍しくありません。今後10年間で、大量退職が見込まれます。
第二に、若手の業界離れ。「長時間労働」「肉体的にきつい」「休みが不規則」というイメージから、若い世代がドライバーの仕事を敬遠する傾向が続いています。加えて、大型免許の取得費用が30〜40万円かかることも、参入のハードルになっている。
第三に、2024年問題の影響。時間外労働の上限規制により、一人のドライバーが運べる量が減った。これまで長時間労働でカバーしていた分を、追加の人員で補う必要がある。つまり、ドライバーの「必要人数」が増えた。
この三重苦は、「人を増やす」だけでは解決しません。「限られた人数でも物が運べる仕組み」と「ドライバーが長く働きたいと思える環境」の両方が必要です。
ドライバー不足を「経営数字」で語る
ドライバー不足の問題を経営者に伝えるとき、「人が足りません」だけでは不十分です。数字で語る必要があります。
ある宮城の運送会社で試算したところ、以下のような数字が浮かび上がりました。
ドライバー1名の欠員による売上機会損失は、月額約80万円(配送依頼を断らざるを得ない分)。年間では約960万円。ドライバーの採用にかかるコストは、求人媒体費、面接の時間、大型免許の取得支援費を含めて1名あたり約100〜150万円。ドライバー1名が離職した場合、引き継ぎ、代替要員の確保、既存ドライバーの残業増加を含めた総コストは約200万円。
つまり、「ドライバーを採用して定着させること」は、年間960万円の売上を守る行為であり、200万円の離職コストを回避する行為でもある。この数字を経営者に見せれば、採用と定着への投資の必要性が明確に伝わります。
採用戦略1——大型免許取得支援で「門戸を広げる」
ドライバーの採用で最も効果的な施策のひとつが、大型免許の取得費用を会社が負担する「免許取得支援制度」です。
大型免許の取得費用は30〜40万円。この金額は、特に若い人にとっては大きなハードル。しかし、会社がこの費用を負担することで、「普通免許しか持っていないが、ドライバーに興味がある」という層にアプローチできます。
秋田のある物流会社では、入社後に大型免許を取得する制度を設けています。免許取得費用は会社が全額負担。取得期間中の給与も保証。ただし、「入社後3年以内に退職した場合は、免許取得費用の一部を返還する」という条件つき。
この制度を導入してから、未経験者からの応募が3倍に増えたそうです。しかも、免許取得支援を受けたドライバーの3年以内離職率は10%。「会社がこれだけ投資してくれたんだから、簡単には辞められない」という帰属意識が生まれている。
免許取得費用を年間5名分負担すると約200万円。一方、人材紹介会社を使って経験者を1名採用すると80〜120万円。5名の未経験者を育てる方が、2名の経験者を紹介で採るよりもコスト効率が良く、しかも長期的な定着が見込める。
採用戦略2——女性ドライバーの活躍推進
ドライバー不足の解決策として見過ごされがちなのが、女性ドライバーの採用です。
物流業界のドライバーに占める女性の割合は、わずか3〜4%。しかし、この数字は「女性にドライバーの仕事ができない」ことを意味するわけではありません。「女性が働きにくい環境がある」ことを意味しているのです。
山形のある物流会社は、女性ドライバーの採用に積極的に取り組んでいます。具体的には、以下の環境整備を行いました。
女性用のトイレと更衣室の整備。小型・中型トラックから始めて、段階的に大型にステップアップするキャリアパスの設計。夜間配送を避けたシフトの選択肢(日中の地場配送を中心に担当)。子育て中のドライバーのための短時間勤務制度。
これらの整備にかかった費用は約150万円(主にハード面の改修)。一方、女性ドライバーの採用が年間3名実現し、それによって確保できた配送キャパシティの売上は月額約240万円。投資は1ヶ月以内に回収できています。
女性ドライバーの採用は、単に人数を増やすだけでなく、組織文化にもプラスの変化をもたらしています。「女性が働ける環境は、男性にとっても働きやすい」——トイレの改修、短時間勤務の制度化は、男性ドライバーにも恩恵をもたらしている。
定着戦略1——「健康経営」がドライバーの長期定着を支える
ドライバーの仕事は、長時間の座位、不規則な食事、睡眠の質の低下——健康リスクが高い職業です。健康問題による離職や戦力ダウンを防ぐには、会社として「健康経営」に取り組む必要があります。
福島のある運送会社は、「ドライバーの健康プログラム」を導入しています。
年2回の健康診断に加え、半年に1回の「運転適性検査」を実施。腰痛予防のためのストレッチ指導を、出発前の朝礼に組み込む。食事の改善サポート(管理栄養士による「運転中でもできる健康的な食事」のアドバイス)。睡眠改善プログラム(睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング含む)。
これらの取り組みにより、健康起因の欠勤日数が年間で30%減少。事故率も20%低下した。健康プログラムの年間コストは約100万円ですが、欠勤減少と事故減少による効果は年間で300万円以上と試算されています。
健康経営は「社員のため」であると同時に、「安全運行の確保」と「コスト削減」のための経営施策です。この両面性を経営者に説明することで、投資への理解を得やすくなります。
定着戦略2——キャリアパスの設計で「一生ドライバー」からの脱却
ドライバーの離職理由として、「将来の不安」が上位に挙がることが多い。「このまま一生ドライバーでいいのか」「体力が落ちたらどうなるのか」——こうした不安が、離職の引き金になります。
この不安に対する解答が、「ドライバーの先にあるキャリアパス」の提示です。
青森のある物流会社では、以下のキャリアパスを明示しています。
ドライバーとして10年の経験を積んだ後、運行管理者の資格を取得して「配車担当」へ移行するルート。安全教育の経験を活かして「安全管理責任者」になるルート。顧客との関係構築力を活かして「営業担当」へ転身するルート。マネジメント能力を活かして「拠点長」を目指すルート。
それぞれのルートについて、「何年目で何の資格を取り、どのポジションに就き、給与はどう変わるか」を具体的に示している。
このキャリアパスの明示は、採用面でも効果を発揮しています。「ドライバーの仕事だけでなく、将来は管理職になれる道がある」という情報は、特に20代・30代の若手にとって大きな魅力です。
定着戦略3——デジタル化で「働きやすさ」を実現する
物流業界のデジタル化は、ドライバーの働きやすさに直結します。
配車の最適化、ルート計画の効率化、日報のデジタル化、労務管理のシステム化——こうしたデジタルツールの導入が、ドライバーの業務負荷を軽減し、労働時間の短縮につながります。
宮城のある物流会社は、配車管理システムを導入しました。以前は配車担当者の経験と勘に頼っていた配車計画を、システムが最適なルートと割り当てを提案する。その結果、ドライバーの走行距離が平均10%短縮され、帰社時間が30分〜1時間早くなった。
この「30分〜1時間の早帰り」は、ドライバーにとって非常に大きい。「家族との夕食の時間が増えた」「子どもの寝顔ではなく、起きている顔が見られるようになった」——こうした声が出ています。
デジタル化の投資額は、配車管理システムの導入で初期費用約200万円、月額利用料約10万円。一方、効率化による燃料費削減が年間約300万円、残業代の削減が年間約200万円。投資は初年度で十分に回収できています。
協業と連携——「一社で解決しない」という発想
ドライバー不足は、一社だけの努力では解決できない規模の問題です。東北の物流企業同士の協業や、異業種との連携が求められています。
具体的な取り組み例として、以下があります。
複数の物流会社が共同で配送するエリアを設定し、空車率を下げる「共同配送」。閑散期のドライバーを繁忙期の他社に一時的に派遣する「ドライバーシェアリング」。地域の物流企業が合同で採用説明会を開催する「合同採用」。
岩手のある運送会社は、近隣の3社と「共同配送協定」を結びました。それぞれの会社が得意とするエリアを担当し、相互に荷物を融通し合う。これにより、1社あたりの走行距離が減り、ドライバーの負荷が軽減された。さらに、空車率が下がることで、同じ人数でもより多くの荷物を運べるようになった。
この協業は、各社の経営数字にも好影響を与えています。燃料費の削減、配送効率の向上、ドライバーの残業削減——すべてが数字に表れている。
「競合他社と手を組む」ことに抵抗を感じる経営者もいます。でも、ドライバー不足という共通の課題に対しては、「競争」より「協業」の方が全員にとってプラスになる。この発想の転換が、東北の物流の未来を左右します。
地域の高校・専門学校との連携で次世代ドライバーを育てる
中長期的な視点で最も重要なのは、「次世代のドライバー候補」を育てることです。
東北の物流会社が地元の高校や自動車専門学校と連携し、若い世代に物流の仕事の魅力を伝える取り組みが始まっています。
秋田のある運送会社は、地元の商業高校で年に1回「物流の仕事」をテーマにした出前授業を行っています。「トラック1台で年間どのくらいの荷物を運ぶか」「物流が止まると社会はどうなるか」「デジタル化で物流の仕事はどう変わっているか」——こうした話を、高校生にわかりやすく伝えている。
出前授業の後には、希望者にトラックの体験乗車(構内で安全に実施)を行う。大型トラックの運転席からの視界の広さに、高校生は目を輝かせるそうです。「かっこいい」「こんな大きな車を動かせるのか」——この「かっこいい」という感覚が、将来の就職選択に影響する。
即座に採用につながるわけではありませんが、「物流の仕事に対するイメージを変える」という長期的な効果は大きい。3年、5年後に「あの会社で出前授業を聞いた」ことがきっかけで応募してくる——そういう種をまく活動です。
東北の物流を守ることは、東北の暮らしを守ること
東北の物流企業のドライバー不足は、物流業界だけの問題ではありません。農産物が出荷できない、工場に部品が届かない、スーパーの棚に商品が並ばない——物流が止まれば、東北の暮らしそのものが止まるのです。
だからこそ、ドライバー不足の問題は「一企業の採用課題」ではなく、「地域社会の持続可能性の問題」として捉える必要があります。
人事戦略は、経営戦略の一部であり、地域戦略の一部でもある。東北の物流を守り、発展させるために、人事に何ができるか。その問いに向き合い続けることが、物流企業の人事に求められている役割です。
もし「物流業界の人事戦略を含め、経営に貢献する人事の力を高めたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。
また、東北の物流業で人事に取り組む仲間とつながりたい方は、人事図書館へ。
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