東北の医療機関が看護師・介護士の定着率を高める方法——「辞めない組織」ではなく「辞めたくない組織」を作る
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東北の医療機関が看護師・介護士の定着率を高める方法——「辞めない組織」ではなく「辞めたくない組織」を作る

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東北の医療機関が看護師・介護士の定着率を高める方法——「辞めない組織」ではなく「辞めたくない組織」を作る

「看護師が辞めるたびに、残った人に負担がかかる。負担がかかると、また誰かが辞める。この悪循環をどうすればいいか、本当に困っています」

福島のある中規模病院の看護部長が語ったこの言葉は、東北の多くの医療機関が抱える切実な問題を代弁しています。

東北は全国でも医療人材の不足が深刻な地域です。高齢化率が高く医療ニーズは増え続ける一方、看護師・介護士の確保は年々難しくなっている。特に、県庁所在地以外の地域では、募集をかけても応募がゼロという状態が慢性化しているケースすらあります。

しかし、同じ東北でも、看護師・介護士の定着率が高い医療機関は存在します。そして、それらの医療機関に共通しているのは、「待遇が特別に良い」ことではなく、「人が辞めたくないと思える仕組み」があることです。


看護師・介護士が辞める「本当の理由」

まず、離職の実態を正確に把握することから始めましょう。

看護師・介護士の離職理由として語られがちなのは「給与が低い」「体力的にきつい」です。確かにこれらは要因のひとつですが、離職の「引き金」はもっと別のところにあります。

私が東北の医療機関で退職者ヒアリングを行った結果、離職の引き金として最も多く挙がったのは以下の3つです。

第一に、「人間関係のストレス」。特に看護師の世界では、先輩後輩の上下関係が厳しく、新人が萎縮してしまう環境がある。また、医師との関係、他部門との連携におけるストレスも大きい。

第二に、「成長の実感がない」。毎日同じ業務をこなすだけで、自分が成長している実感が持てない。研修に参加する時間的余裕もない。3年、5年と経つうちに、「この仕事を続ける意味があるのか」という疑問が生まれる。

第三に、「ワークライフバランスの崩壊」。夜勤の負荷、休日出勤、急な勤務変更——こうした不規則な働き方が、家庭生活や心身の健康を蝕んでいく。特に子育て中の看護師にとっては、「仕事と育児の両立が限界に達した」ことが離職の決定打になるケースが多い。

これらの離職理由は、「給料を上げれば解決する」類のものではありません。組織のあり方、マネジメントの質、働き方の設計——人事の力が試される領域です。


定着率向上は「経営の最優先課題」である

医療機関の経営者に定着率の改善を提案するとき、「スタッフのため」という理由だけでは、投資の判断を引き出しにくいことがあります。だから、経営の数字で語りましょう。

看護師1名が離職した場合のコストを、ある宮城の病院で試算しました。

退職に伴う引き継ぎと業務負荷の増加コストが約50万円。新たな看護師を採用するための広告費・紹介手数料が約80〜120万円。入職後3ヶ月間のOJT期間中の生産性低下が約60万円。派遣看護師でカバーした場合の追加費用が月額約80万円。合計すると、1名の離職で約270〜310万円のコストが発生する計算です。

看護師30名規模の病院で年間の離職率が15%(4〜5名)だとすると、離職に関連するコストは年間で1,000万円を超えます。

この数字を経営者に見せた上で、「定着率を5%改善できれば、年間で300〜500万円のコスト削減になります。そのための投資として、年間100万円の定着施策は十分にペイします」と提案する。経営者は、こうした数字に基づく提案には応じやすい。


定着の鍵1——新人教育の「仕組み化」と「見える化」

新人看護師・介護士の早期離職を防ぐ最も効果的な方法は、教育の質を均一化し、成長を「見える化」することです。

東北の中小規模の医療機関では、新人教育が「先輩の個人的な教え方」に依存しているケースが多い。優しい先輩に当たれば丁寧に教えてもらえるが、忙しい先輩に当たると放置される。この「教育の運ガチャ」が、新人の不安と不満を増幅させます。

秋田のある総合病院では、「新人看護師育成プログラム」を体系化しました。

入職1ヶ月目は「基本業務習得期間」。バイタルサインの測定、投薬管理、記録の書き方など、基本的な業務スキルを30項目のチェックリストで管理する。各項目について「見学した」「指導の下で実施した」「一人で実施できる」の3段階で到達度を記録。

2〜3ヶ月目は「応用力養成期間」。急変対応、重症患者のケア、多職種との連携など、応用的なスキルを段階的に経験する。プリセプター(指導担当の先輩看護師)が週1回の振り返り面談を実施。

4〜6ヶ月目は「自立支援期間」。夜勤のトレーニングを開始し、一通りの業務を一人でこなせるようになることを目指す。月1回、看護部長との面談で「困っていること」「不安なこと」を共有する。

このプログラムの導入後、新人看護師の1年以内離職率が28%から8%に低下しました。「何をどこまでできるようになったか」が可視化されることで、新人自身が成長を実感でき、不安が軽減された。


定着の鍵2——中堅看護師の「燃え尽き」を防ぐ

新人の離職だけでなく、3〜7年目の中堅看護師の離職も大きな問題です。この層は「仕事に慣れてきたが、次のステップが見えない」「後輩の指導と自分の業務の両方で疲弊している」という状態に陥りやすい。

山形のある病院では、中堅看護師の「燃え尽き防止」のために、以下の施策を実施しています。

年1回の「キャリア面談」。看護部長が中堅看護師一人ひとりと30分間面談し、「今後どんな看護師になりたいか」「この病院でどんな経験を積みたいか」を聞く。「認定看護師を目指したい」「在宅医療に関わりたい」「教育担当になりたい」——こうした希望を聞き出し、実現に向けた支援計画を立てる。

「チャレンジ制度」の導入。中堅看護師が「やってみたいこと」を提案し、承認されれば業務時間の一部を使って取り組める制度。たとえば、「認知症ケアの勉強会を開催したい」「患者向けの退院支援パンフレットを作りたい」——こうした「日常業務+αの挑戦」が、成長実感とモチベーション維持につながっている。

外部研修・学会参加の支援。年間10万円の研修費補助と、研修参加のための有給取得を保証。「病院の外で学ぶ機会」が、視野を広げ、仕事への意欲を再燃させる効果がある。


定着の鍵3——夜勤負荷の「公平な分配」

看護師にとって、夜勤は最も大きな負担です。特に子育て中の看護師にとっては、夜勤の有無が就業継続を左右する決定的要因になります。

しかし、「夜勤ができない人は戦力にならない」という発想は、人材の流出を加速させるだけです。必要なのは、夜勤の負荷を公平に分配し、個人のライフステージに合わせた柔軟な働き方を認める仕組みです。

岩手のある病院では、「夜勤ポイント制度」を導入しています。夜勤1回につき一定のポイントが付与され、ポイントが一定数に達すると、連続休暇の取得や、手当の上乗せが受けられる。逆に、夜勤ができない期間がある看護師は、日勤帯の業務で別の形の貢献をすることで評価される。

このポイント制度により、「夜勤をやる人と、やらない人の不公平感」が軽減されました。夜勤をやる人は「正当に報われている」と感じ、夜勤ができない人は「日勤で貢献する道がある」と安心できる。

さらに、この病院では「夜勤専従看護師」のポジションも設けています。夜勤に特化して働きたい人に、高い夜勤手当と柔軟な勤務日数を提供する。夜勤が得意な人と、日勤で力を発揮したい人を、適材適所で配置する発想です。


定着の鍵4——「心理的安全性」のある職場環境

看護師・介護士が長く働ける職場に共通するのは、「困ったことを安心して言える」雰囲気があることです。

医療現場は、ミスが人命に関わる緊張感の高い環境です。だからこそ、「わからないことをわからないと言える」「困ったときに助けを求められる」文化が不可欠です。逆に、「こんなこともわからないのか」「一人で何とかしろ」という文化の中では、スタッフは萎縮し、やがて離職します。

仙台のある病院では、「インシデントレポート」の扱い方を変えることで、心理的安全性の向上に取り組んでいます。

以前は、インシデントレポートの提出が「ミスの報告」として懲罰的な意味合いを持っていました。報告すると叱られる。だから、報告を避ける。報告が上がらないから、同じミスが繰り返される。

改革後は、インシデントレポートを「組織の学びの機会」として位置づけ直しました。報告者を責めるのではなく、「なぜこのインシデントが起きたか」を組織的に分析し、再発防止策をチームで考える。報告件数が多い部署は「問題が多い部署」ではなく、「問題を早期に発見できる部署」として評価する。

この改革後、インシデントの報告件数は3倍に増加。一見、「問題が増えた」ように見えますが、実際は「今まで報告されていなかった問題が表面化した」のです。報告が増えたことで対策が進み、重大事故の発生件数は逆に減少しました。


地域の医療機関同士の「人材循環」という発想

東北の医療機関が単独で人材確保を行うのは、年々難しくなっています。ここで考えたいのが、地域の医療機関同士が連携して「人材を循環させる」という発想です。

たとえば、急性期病院で5年間経験を積んだ看護師が、回復期のリハビリ病院に移り、さらに在宅医療のクリニックに移る——こうしたキャリアの流れを、地域内の医療機関同士が連携して設計する。

これは一見、「人材の流出」に見えるかもしれません。でも、地域全体で見れば、「看護師が東北の医療圏内でキャリアを積み続けている」のであり、首都圏への流出を防ぐ効果がある。

山形のある医療圏では、3つの病院と2つの訪問看護ステーションが連携し、看護師の「キャリアパス共有プログラム」を立ち上げています。各施設の特徴と、そこで得られる経験を一覧にまとめ、看護師が「次はここでこんな経験を積みたい」と計画的にキャリアを設計できるようにしている。

この取り組みにより、看護師の「東北からの流出」が減っています。「地域内でキャリアアップできるなら、東京に行く必要はない」——この安心感が、定着につながっている。


「働きがい」を数字で測り、改善を続ける

定着率の向上は、一度施策を打てば終わりではありません。継続的に「職場の状態」を測定し、改善を続けるPDCAサイクルが必要です。

そのために有効なのが、定期的な「職場満足度調査」の実施です。

福島のある病院では、年に2回、全スタッフを対象に匿名の満足度調査を実施しています。質問項目は15問程度で、5分で回答できるシンプルなもの。「仕事にやりがいを感じているか」「上司は自分の意見を聞いてくれるか」「必要な研修を受けられているか」「ワークライフバランスに満足しているか」——こうした設問に5段階で回答してもらう。

調査結果は部署ごとに集計し、前回との比較、病院全体の平均との比較を行う。スコアが低い項目については、部署のリーダーと看護部長が原因を分析し、改善策を立てる。

この「測定→分析→改善→再測定」のサイクルを2年間回した結果、看護師の離職率が18%から11%に低下。スタッフ満足度のスコアは、特に「上司との関係」「成長の実感」の項目で大幅に改善しました。

定着率の改善は、「感覚」ではなく「データ」で管理する。この姿勢が、持続的な改善を可能にします。


「辞めたくない組織」は、患者にとっても良い組織

最後に強調したいのは、看護師・介護士の定着率向上は、患者・利用者にとっても大きなメリットがあるということです。

スタッフが定着している医療機関は、ケアの質が安定している。患者一人ひとりの状態を継続的に把握できる。チームワークが成熟し、コミュニケーションロスが減る。結果として、医療事故のリスクが下がり、患者満足度が上がる。

「人を大切にする組織づくり」は、「患者を大切にする医療」の土台なのです。

東北の医療を守るために、看護師・介護士が長く働ける組織を作る。それは経営の問題であり、人事の使命でもあります。


もし「医療機関の人事を含め、経営に貢献する人事の力を高めたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。

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また、東北の医療・福祉の人事に取り組む仲間とつながりたい方は、人事図書館へ。

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