
東北の農協・農業関連企業が若手を惹きつける採用ブランディング——「農業の仕事」のイメージを変える
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東北の農協・農業関連企業が若手を惹きつける採用ブランディング——「農業の仕事」のイメージを変える
「農協に入りたいと言ってくれる若い人がいない。このままだと、10年後には窓口に立つ職員がいなくなる」
山形のある農協の人事担当者が、深刻な表情で語りました。東北の農業は日本の食を支える基幹産業です。しかし、その基盤を支える農協や農業関連企業の人材不足は、年を追うごとに深刻化しています。
東北は日本有数の農業地帯です。山形のさくらんぼ、秋田のあきたこまち、宮城のひとめぼれ、青森のりんご、岩手の南部小麦、福島の桃——東北の農産物は日本の食卓に欠かせない存在です。
この農業を支えるのが、農協(JA)や農業機器メーカー、農業資材会社、農産物加工業者、農業コンサルティング会社などの農業関連企業です。しかし、これらの企業の多くが「若手が来ない」「来ても長く続かない」という課題を抱えています。
若手を惹きつけるには、「農業の仕事」のイメージを変える採用ブランディングが必要です。そしてそのブランディングは、「見た目を良くする」ことではなく、「実態を変え、変えた実態を正しく伝える」ことから始まります。
なぜ若手は農業関連の仕事を選ばないのか
若手が農業関連の仕事を敬遠する理由を、東北の農業関連企業への就職活動を経験した20代30名にヒアリングした結果があります。
「給料が低そう」(23名・77%)。「地味な仕事に見える」(18名・60%)。「将来性が不安」(15名・50%)。「転勤で地方の山間部に行かされそう」(12名・40%)。「ITやデジタルとは無縁の仕事に見える」(10名・33%)。
これらのイメージは、果たして正しいのでしょうか。
給料について。確かに、大手商社やIT企業と比べれば低い水準です。しかし、東北の生活コストを考慮すれば、可処分所得は都市部の中堅企業と遜色ないケースも多い。農協の場合、安定した雇用と充実した福利厚生(住宅手当、退職金制度など)がある。
将来性について。日本の農業は確かに課題を抱えています。しかし、同時に「農業のDX化」「スマート農業」「農産物の輸出拡大」「6次産業化」など、成長の余地が大きい分野でもある。
デジタルとの距離について。現代の農業は、ドローン、AI、IoTセンサー、衛星データ——最先端のテクノロジーが活用される産業に変わりつつあります。「農業=アナログ」というイメージは、もはや過去のものです。
問題は、こうした「実態」が若手に伝わっていないこと。採用ブランディングの出発点は、この情報の非対称性を解消することにあります。
採用ブランディングを「経営数字」で考える
採用ブランディングへの投資を経営者に提案する際、数字で語る必要があります。
秋田のある農協(職員200名)で試算した例です。
過去3年間の新卒採用の状況。募集人数は年間10名。応募者は年間15名。内定辞退率は40%。実際の入社は年間6名。4名分の欠員が毎年積み上がっている。
この欠員を中途採用で補おうとした場合、中途1名あたりの採用コストは約80万円。4名で320万円。しかも、中途でも応募が集まりにくく、欠員が埋まらないケースも多い。
欠員によるサービス低下の影響。窓口の待ち時間が長くなる。営農指導の訪問頻度が減る。組合員(農家)の満足度が下がる。最悪の場合、組合員が他のサービスに流れる。この機会損失は、年間で数千万円に及ぶ可能性がある。
一方、採用ブランディングに年間200万円を投資し、応募者を15名から30名に増やし、内定辞退率を40%から20%に改善できれば、年間の入社者を6名から8名に増やせる。2名の追加採用による業務の安定化効果は、年間で少なくとも500万円。投資対効果は2.5倍以上です。
ブランディングの軸——「食を支えるプロフェッショナル」
採用ブランディングで最も重要なのは、「何をメッセージの軸にするか」です。
東北の農協・農業関連企業にとって、最も強いブランディングの軸は「食を支えるプロフェッショナル」というポジショニングです。
「農業の仕事」と言うと、田んぼや畑のイメージが先行します。しかし、農協の仕事は多岐にわたります。営農指導(農家の経営・技術のコンサルティング)、農産物の販売・マーケティング、金融(農業融資)、共済(保険)、地域振興——こうした多様な仕事の魅力を伝えることが大切です。
宮城のある農協は、採用サイトのメインビジュアルを刷新しました。以前は田園風景の写真でしたが、新しいメインビジュアルは「農家の隣で、タブレットを見ながら作付け計画を相談する若い営農指導員」の写真。キャッチコピーは「農家と一緒に、東北の食の未来を作る」。
このリニューアル後、採用サイトへのアクセス数が前年比220%に増加。特に、20代前半の閲覧者が大幅に増えました。「田園風景」よりも「プロフェッショナルとして働く人」の方が、若手の共感を呼んだのです。
「人」を前面に出す——社員インタビューの力
採用ブランディングで最も効果が高いコンテンツは、「社員インタビュー」です。会社の制度や福利厚生よりも、「実際にそこで働いている人」の言葉が、候補者の心に響きます。
岩手のある農業機器メーカーは、採用サイトに5名の社員インタビューを掲載しています。
入社3年目の営業担当(26歳)。「農家さんが『おかげで収穫が楽になった』と言ってくれたとき、この仕事を選んで良かったと思う。東京のオフィスでは味わえない、お客さんの顔が見える仕事です」。
入社7年目のエンジニア(30歳)。「うちの会社では、最新のIoTセンサーを使った農業ソリューションの開発をしている。『農業×テクノロジー』という分野は、まだまだ開拓の余地がある。エンジニアとして挑戦しがいがあります」。
こうした「等身大の声」が、候補者の不安を解消し、共感を生みます。インタビューを読んで応募してきた候補者は、「あの記事を読んで、自分もこういう仕事がしたいと思った」と面接で語ることが多いそうです。
インタビュー記事の制作コストは、社内で撮影・編集すれば1本あたり約3万円。外部のライターに依頼しても1本10〜15万円程度。5本で50〜75万円。この投資で応募者が増え、質も上がるなら、十分な価値があります。
インターンシップの力——「体験」がイメージを変える
若手のイメージを変える最も効果的な方法は、「実際に体験してもらう」ことです。
山形のある農協は、大学生向けの「5日間農業インターンシップ」を毎年夏に開催しています。プログラムの内容は以下の通りです。
1日目:農協の事業説明と地域の農業の概要。農家を訪問し、農業の現場を見る。
2日目:営農指導の同行体験。先輩職員と一緒に農家を訪問し、土壌分析やドローンによる圃場調査を体験する。
3日目:農産物の出荷施設の見学。選果場での品質管理、物流の仕組みを学ぶ。
4日目:農協の金融・共済事業の体験。農業融資の審査プロセス、共済の設計の考え方を学ぶ。
5日目:振り返りとプレゼンテーション。5日間の体験を通じて感じたことを発表。
このインターンシップに参加した学生のうち、約40%が翌年の採用選考にエントリーしています。参加しなかった学生のエントリー率が5%程度であることを考えると、インターンシップの効果は8倍。
学生の感想として最も多かったのは、「農業の仕事のイメージが変わった」。「もっと地味な仕事だと思っていたが、実際はテクノロジーを使った先進的な仕事もあるし、農家さんとの関係づくりも面白い」。
インターンシップの運営コストは、学生1名あたり約5万円(交通費補助、宿泊費、食事代、教材費)。10名の参加で50万円。うち4名が翌年エントリーし、2名が入社するとすれば、1名あたりの実質的な採用コストは25万円。求人媒体の1名80万円と比べて、格段にコスト効率が高い。
地域の大学との連携——「農学部」だけがターゲットではない
農業関連企業の採用ターゲットは、農学部の学生だけではありません。
経営学部の学生には「農業経営」「6次産業化」のテーマが響く。工学部の学生には「スマート農業」「農業IoT」のテーマが響く。文学部・社会学部の学生には「地域振興」「食文化の継承」のテーマが響く。
東北大学、山形大学、秋田大学、弘前大学、岩手大学、福島大学——東北には総合大学が揃っています。これらの大学の多様な学部と連携し、「農業の仕事」の幅広さを伝えることが重要です。
青森のある農業コンサルティング会社は、弘前大学の経営学部と連携して「農業経営ゼミ」のゲスト講師を務めています。「りんご農家の経営分析」「農産物のブランディング戦略」——経営の視点から農業を語ることで、経営学部の学生にも農業関連の仕事への関心が生まれる。
このゼミの受講生から、毎年1〜2名が農業関連企業にエントリーするようになりました。「農業にこんなビジネスの面白さがあるとは知らなかった」という声が出ています。
「農業DX」を採用の武器にする
若手、特に理系の学生やデジタルネイティブ世代を惹きつけるには、「農業DX」の取り組みを積極的に発信することが有効です。
福島のある農業法人では、以下のデジタル技術を導入しています。ドローンによる圃場モニタリング。IoTセンサーによる土壌水分・温度のリアルタイム計測。AIによる病害虫の画像診断。衛星データを活用した作付け計画の最適化。
これらの取り組みを採用情報に組み込むことで、「農業は古い産業」というイメージを払拭できます。
実際、この農業法人の採用ページに「農業DX」のページを設けたところ、IT系の経験を持つ候補者からの応募が増えました。「前職はシステムエンジニアだったが、自分の技術を農業に活かしたいと思った」——こうした異業種からの転職者が、農業のDX化をさらに推進する好循環が生まれています。
SNSとコンテンツマーケティング——日常の発信が採用を変える
採用ブランディングは、採用サイトだけで完結するものではありません。日常的な情報発信が、長期的なブランドイメージの構築につながります。
秋田のある農協は、Instagramで毎日の業務の様子を発信しています。田んぼの風景、農家との打ち合わせ、出荷作業、地域のイベント——「農協の日常」を写真と短い文章で紹介。
フォロワーは約3,000人。地元の農家、地域住民、そして就職活動中の学生が含まれています。「Instagramを見て、農協の仕事に興味を持った」という応募者が、直近の採用で3名いました。
また、noteで「農協職員の仕事日記」を連載している農協もあります。営農指導員の1日、農産物のマーケティング担当の挑戦、新入職員の成長記録——こうしたコンテンツが、「農協で働く」ことの具体的なイメージを伝えています。
SNSやコンテンツの運営コストは、担当者の業務時間内で対応すれば追加コストはほぼゼロ。しかし、長期的な採用ブランドの構築効果は大きい。「この農協は面白い」「ここで働いてみたい」——そう思ってもらえるかどうかは、日々の発信の蓄積にかかっています。
処遇改善なくしてブランディングなし
ここまで採用ブランディングの「伝え方」について述べてきましたが、最も大切なことを忘れてはいけません。ブランディングの前提は、「伝える価値がある実態」があることです。
いくら採用サイトを美しくしても、入社してみたら「給料が低い」「休みが取れない」「成長の機会がない」では、すぐに辞められてしまう。むしろ、期待と現実のギャップが大きいほど、離職は早まります。
処遇の改善、教育機会の充実、働きやすい環境の整備——こうした「実態」の改善なくして、ブランディングは成り立ちません。
宮城のある農業関連企業は、採用ブランディングに取り組む前に、まず処遇の見直しを行いました。初任給を地域の中小企業の平均レベルに引き上げ、年間休日を105日から120日に増やし、資格取得支援制度を新設した。
この処遇改善にかかった年間コストは約600万円。しかし、採用力が向上し、離職率が改善したことで、採用コストの削減と生産性の向上を合わせると、年間で800万円以上の効果がありました。
東北の農業の未来は「人」にかかっている
東北の農業が持続的に発展するためには、農業を支える「人」を確保し、育てることが不可欠です。農協や農業関連企業が若手を惹きつけ、活躍してもらう。そのための採用ブランディングは、「広報活動」ではなく「経営戦略」です。
東北の農業には、大きなポテンシャルがあります。豊かな自然、高品質な農産物、先端技術との融合——この魅力を正しく伝え、共感する若者を集める。それが、東北の農業の未来を切り開く力になります。
もし「農業関連企業の採用ブランディングを含め、経営に貢献する人事の力を高めたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。
また、東北で農業関連の人事に取り組む仲間とつながりたい方は、人事図書館へ。
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