
東北の企業が「報酬制度」を見直すときの考え方——「給料を上げれば人が来る」ではない、報酬設計の本質
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東北の企業が「報酬制度」を見直すときの考え方——「給料を上げれば人が来る」ではない、報酬設計の本質
「うちは給料が安いから人が集まらないんですよ。でも、上げたくても利益が出ていないから上げられない。どうしたらいいですか?」
秋田のある建設会社の社長から聞いた言葉です。私はこの問いが東北の中小企業の報酬制度を考える上での出発点だと感じました。
東北の企業にとって報酬制度の見直しは避けて通れない課題です。首都圏との賃金格差がUIターン人材の獲得を難しくし、若手の流出を加速させている。一方で、利益率がそこまで高くない東北の中小企業が無理に賃金を上げれば、経営を圧迫する。
しかし、私が東北の多くの企業と関わる中で確信しているのは、「報酬制度の問題は金額だけの問題ではない」ということです。報酬の金額が重要であることは間違いありませんが、それ以上に「報酬の決まり方」「報酬の透明性」「報酬以外の処遇」が社員の納得感とモチベーションに大きく影響します。
報酬制度の見直しは、単に「いくら払うか」を決める作業ではなく、「何に対して、どういう基準で、どうやって報いるか」を設計する作業です。
東北の中小企業の報酬制度に共通する問題
私が東北の企業の報酬制度を見てきた中で、共通して見られる問題を4つ挙げます。
問題1:報酬の決め方が「社長の裁量」
「給料は社長が決めている。基準はよくわからない」——東北の中小企業で最も多いパターンです。従業員50名以下の企業では、報酬の決定権が社長に集中していることが一般的です。社長の経験と直感で「この人は頑張っているから上げよう」「この人は最近いまいちだから据え置き」と決められる。
問題は、社長の裁量による決定は社員から見て「基準が不透明」だということです。「なぜあの人は昇給したのに自分は据え置きなのか」という不満が、組織の信頼を蝕みます。
問題2:年功序列が暗黙の前提になっている
明文化された制度がなくても、「年齢が上がれば給料が上がる」という暗黙の年功序列が東北の中小企業では広く根づいています。
この仕組みは、経済成長期には合理的でした。しかし、現在の東北の経営環境では、年功序列は2つの深刻な問題を生んでいます。一つは、「若くて優秀な社員が報われない」こと。もう一つは、「年齢が上がった社員の報酬が成果に見合わない」ことです。
問題3:賞与の決め方が不明確
「賞与は業績に応じて社長が決める」——この仕組みでは、社員は自分の賞与がいくらになるか予測できません。「前期は3か月分だったのに今期は1.5か月分。何がどう変わったのか説明がない」——こうした状況が社員の不満を生みます。
問題4:地域の相場を把握できていない
東北の中小企業では、自社の報酬水準が地域の相場と比べてどの位置にあるかを把握できていないケースが多い。「うちの給料は安いと思う」という感覚はあるが、実際のデータに基づいた比較ができていない。
報酬制度を見直す前に確認すべき3つのこと
報酬制度の見直しに着手する前に、以下の3点を確認することを私は勧めています。
確認1:自社の総額人件費と人件費率
まず、会社全体の人件費がいくらで、売上高に対する人件費率が何%かを把握する。「うちの人件費率は何%ですか?」と聞いて即答できる経営者は、東北の中小企業では意外と少ない。
人件費率の目安は業種によって異なりますが、製造業であれば20〜30%、サービス業であれば40〜55%が一般的な範囲です。自社の人件費率が業界平均と比べて高いのか低いのかを知ることが、報酬制度見直しの前提になります。
確認2:社員の報酬に対する不満の実態
「社員が報酬に不満を持っている」という漠然とした認識ではなく、具体的にどこに不満を感じているかを把握する。匿名アンケートや個別面談で、「金額自体への不満」「決め方の不透明さへの不満」「評価との連動がないことへの不満」——どれが最も大きいかを特定する。
宮城のある製造業で社員アンケートを実施したところ、「金額が低い」という不満よりも「何をすれば給料が上がるかわからない」という不満の方が圧倒的に多かったことがあります。この場合、給料を上げるよりも、報酬の決定基準を透明化する方が先です。
確認3:地域の賃金相場との比較
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」やハローワークの求人データを使って、同業種・同規模の地域相場と自社の報酬水準を比較する。地域の相場から大きく外れている場合は、まず相場水準への是正が必要です。
報酬制度の設計——基本給・手当・賞与の3本柱
報酬制度の見直しでは、「基本給」「手当」「賞与」の3つを整理します。
基本給の設計
基本給の決定要素は大きく3つあります。「年齢・勤続年数(属人的要素)」「職能・スキル(能力要素)」「職務・役割(仕事要素)」。
東北の中小企業では、これらの比率を「属人的要素50%、能力要素30%、仕事要素20%」程度から始めることを私は推奨しています。いきなり属人的要素をゼロにするのは現実的ではありません。段階的に、能力要素と仕事要素の比率を上げていく。
山形のある食品メーカー(従業員70名)では、基本給の構成を以下のように再設計しました。「年齢給(年齢に応じた定額)40%」「職能給(スキルレベルに応じた額)35%」「役割給(担当する役割の重さに応じた額)25%」。
導入の際に重要なのは「移行措置」です。新制度への移行で不利益を被る社員がいないよう、「現行の基本給を下回らない」という経過措置を設けることを強く勧めます。
手当の整理
東北の中小企業では、長年の経緯で手当が乱立しているケースがよくあります。「皆勤手当」「精勤手当」「住宅手当」「家族手当」「資格手当」「通勤手当」「役職手当」「営業手当」「技術手当」——いつ、誰が、何のために設けたのかわからない手当が10種類以上ある企業も珍しくありません。
手当の整理の原則は、「支給目的が明確で、現在も合理性がある手当だけを残す」ことです。合理性を失った手当は基本給に組み入れ、手当の数をシンプルにする。
福島のある建材メーカーでは、12種類あった手当を5種類に集約しました。残したのは「通勤手当」「役職手当」「資格手当」「家族手当」「時間外手当」の5つ。それ以外は基本給に組み入れました。「手当の種類が減って給与明細がシンプルになった」「何に対していくらもらっているかがわかりやすくなった」と社員からは好評でした。
賞与の設計
賞与は「業績連動型」の要素を入れることが、社員の経営参画意識を高めます。
具体的には、賞与の原資を会社業績で決め、個人の配分を評価で決める仕組みです。「今期の営業利益がこの水準であれば、賞与原資は月給の○か月分」という基準を事前に開示する。個人の配分は「評価S=1.3倍、A=1.1倍、B=1.0倍、C=0.8倍」のように、評価ランクに応じた係数で決める。
岩手のある建設会社では、賞与の決め方を完全に可視化しました。毎年の営業利益に対して「利益の○%を賞与原資とする」というルールを設定し、社員に開示。「会社が儲かれば自分たちの賞与も増える」という意識が生まれ、コスト意識が向上しました。
報酬以外の「トータルリワード」を設計する
報酬制度の見直しは、金銭的な報酬だけで完結しません。「トータルリワード(総合的な報酬)」という考え方で、金銭以外の処遇も含めて設計することが重要です。
東北の中小企業が活用できるトータルリワードの要素を紹介します。
第一に、「福利厚生の充実」。退職金制度、健康診断の充実(人間ドックの費用補助)、慶弔見舞金——大きなコストをかけずに社員の安心感を高められるものがあります。
第二に、「働き方の柔軟性」。フレックスタイム、リモートワーク(可能な業務であれば)、有給休暇の取得推進——「時間の余裕」は金銭以上の価値を感じる社員も多い。
第三に、「成長の機会」。研修への参加費用補助、資格取得支援、外部セミナーへの派遣——「この会社で成長できる」という実感は、報酬の多寡以上に定着に影響します。
第四に、「承認と感謝」。表彰制度、社長からの直接のフィードバック、社内報での紹介——「自分の仕事が認められている」という実感は、重要な非金銭的報酬です。
仙台のあるサービス業では、「報酬の総額では首都圏の大手には勝てない」という前提で、「東北で働くことの価値」を意識した処遇設計をしています。「通勤時間が短い」「住居費が安い」「自然が豊か」——これらの生活の質を含めた「実質的な豊かさ」を採用時にも社員にも伝えている。
報酬制度の改定プロセス——社員の納得感を得る方法
報酬制度の改定は、内容と同じくらい「プロセス」が重要です。どんなに合理的な制度でも、社員が納得していなければ機能しません。
私が東北の企業に推奨している改定プロセスは以下の5段階です。
第1段階:現状分析(2か月)。現行制度の問題点、社員の不満、地域相場との比較を行う。
第2段階:設計方針の決定(1か月)。経営者が「何を重視する報酬制度にするか」を決定する。「成果を重視するのか」「安定を重視するのか」「成長を促すのか」——この方針が制度の骨格を決めます。
第3段階:制度設計(3か月)。具体的な等級表、給与テーブル、手当体系、賞与算定方式を設計する。
第4段階:社員への説明と意見収集(1か月)。新制度の案を全社員に説明し、意見を収集する。この段階で社員の声を反映して修正を加えることが、導入後の納得感につながります。
第5段階:移行と運用開始(移行期間6〜12か月)。既存の給与からの不利益変更がないよう、経過措置を設けて段階的に移行する。
青森のあるメーカーでは、このプロセスに約1年をかけました。「急いで導入して反発を受けるよりも、時間をかけて納得感を得た方が結果的に早い」という社長の判断でした。導入後のアンケートでは、社員の80%以上が「新制度の方がわかりやすい」と回答しています。
報酬制度は「完成」しない
最後に、報酬制度についての私の基本的な考え方を述べます。
報酬制度は「一度作ったら完成」ではありません。事業環境が変わり、人材市場が変わり、社員の構成が変わる中で、報酬制度も継続的に見直す必要があります。
私が東北の企業に推奨しているのは、「毎年1回、報酬制度の棚卸し」を行うことです。地域の賃金相場は変わっていないか。自社の業績と人件費のバランスは適切か。社員の不満はどこにあるか。これらを毎年確認し、必要に応じて微調整を加える。
東北の企業にとって、報酬制度は「人材を獲得し、育て、定着させる」ための重要な経営ツールです。「うちは給料が安いから仕方ない」で諦めるのではなく、限られた原資の中で最大の効果を生む報酬制度を設計する。それが、東北の企業が持続的に人材を確保するための道筋だと私は考えています。
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