制度設計、「つくること」より「動かすこと」が難しい
制度設計・運用

制度設計、「つくること」より「動かすこと」が難しい

#採用#評価#組織開発#経営参画#キャリア

制度設計、「つくること」より「動かすこと」が難しい

「制度は整っているのに、機能していない気がする」——こういう悩みを持つ人事担当者は少なくないと思います。

給与制度、評価制度、育休・介護休暇の規定、キャリア面談の仕組み——書類の上では整っている。でも、現場では使われていない。マネジャーは制度の存在を知らない。社員は「申請しづらい雰囲気がある」と言う。

制度は「つくった瞬間」では機能しません。現場で実際に運用されて初めて意味を持ちます。このシンプルな当たり前のことが、意外と実務の中で抜け落ちていることがあります。


東北ならではの制度設計・運用の文脈

東北の中小企業では、「とりあえず法令を満たす最低限の規定はある」という状態のまま、制度のアップデートが止まっているケースも少なくありません。就業規則が10年以上改定されていない、育休取得の実績がほぼないといった状況も耳にします。

一方で、東日本大震災後の働き方改革への意識の高まりや、BCPの観点から「柔軟な働き方」への関心が増えた企業もあります。また、高齢化が著しい医療・福祉業界では、多様な雇用形態(パート・非常勤・嘱託)の整合的な制度設計が課題になっています。

製造業では、交代勤務・深夜勤務・季節繁閑に対応した制度の設計が、現場の実態に合っていないことも。「制度が現場の働き方と乖離している」という課題が、東北の多くの産業に共通してあります。


なぜ今、制度の整備・運用が重要なのか——リスクコストと採用投資の両面から

制度が機能していないことは、事業リスクに直結します。

法的な観点から言えば、育児介護休業法では事業主は育休申出を拒否できず、ハラスメント防止措置(パワハラ防止法)の整備も義務化されています(2022年から中小企業にも適用)。制度の不備や運用の問題が、行政指導・是正勧告・労使トラブルに発展した場合、対応コストは相応に発生します。ただし、この記事は法的アドバイスではありません。具体的な制度設計・法的対応については、社会保険労務士や弁護士に相談することをお勧めします。

コスト面での影響も大きい。「育休が取りにくい職場」という評判が広まると、UIターン・Iターン候補者の離脱につながります。東北では子育て世代の移住定着が地域の人材確保に直結しており、「両立しやすい職場かどうか」が選択基準として明確に機能しています。

逆に、「働きやすい制度が整っている」という評判は、採用時の競争力になります。採用媒体に費用をかけるより、制度整備による口コミ効果の方が長期的な採用コスト削減につながるケースもあります。

制度の整備は、コンプライアンス対応というよりも、「採用力・定着力への先行投資」として経営に提案できます。


実践に向けた3つの視点

視点1:「制度の棚卸し」から始める

まず「今どんな制度があるか」「それが実際に使われているか」を整理することが出発点です。

就業規則・賃金規程・育児介護休業規程・諸手当の規定——これらを並べて、「過去1年間の実績」と照合してみてください。制度があるのに使われていないものがあれば、「なぜ使われないのか」を探ることが次のステップです。

使われない理由の多くは、「知らない」「申請しにくい雰囲気がある」「制度と現実の手続きが乖離している」のどれかです。

視点2:「制度を運用する人」を育てる

どんなに良い制度も、管理職が「それはどういう制度ですか」という状態では機能しません。制度の設計と並行して、「マネジャーが制度を正しく理解し、社員に伝えられる状態」をつくることが重要です。

制度改定のたびにマネジャー向けの説明会を開く、よくある質問をまとめたFAQを作る——手間のかかることですが、現場への浸透なしに制度は動きません。人事担当者が「制度の番人」であるとともに「制度の普及者」でもある、という役割の認識が必要です。

視点3:制度の「目的」を常に確認する

制度設計で気をつけたいのは、「制度をつくること自体が目的になる」罠です。「育休を取らせるための制度」ではなく、「育休を取りやすい職場環境をつくるための手段としての制度」という位置づけが大切です。

制度改定の際は、「この制度が機能したら、職場はどう変わるか」「社員はどんな変化を実感できるか」というゴールを先に明確にする。そのゴールから逆算して制度を設計すると、「現場に使われる制度」になりやすくなります。


ある東北の企業では

福島県の農業関連企業では、育児休業の取得が長年ほぼゼロ状態でした。制度の規定はあるのですが、実績がない。人事担当者が原因を探ると、「申請する前から『迷惑をかける』という空気がある」「マネジャーが制度の内容をよく知らない」という状況が分かりました。

取り組んだのは、まずマネジャー向けに「育児休業の手続きと現場対応の流れ」を説明する90分の勉強会。次に、社内報で育休取得事例(ロールモデル)を紹介する記事を掲載しました。

その後の2年間で、育休取得者が数名生まれ、「取っていいんだ」という雰囲気が少しずつ変わったといいます。制度を変えたわけではなく、「制度を使える空気をつくった」ことが変化のきっかけになりました。


「制度を使えない文化」を変える働きかけ

どんなに良い制度を作っても、「使いにくい雰囲気」がある限り機能しません。これは制度設計の問題ではなく、職場文化の問題です。

東北の中小企業では、「権利は主張するものではなく、我慢するもの」という空気が残っていることがあります。育休・有休・時短勤務——制度があっても「申請しにくい」「申請したら白い目で見られそう」という感覚が、使用を妨げます。

この文化を変えるために、人事担当者ができる働きかけがあります。まず、「制度を使った人を見える化する」ことです。育休を取った社員の名前を社内報で紹介する(本人の許可を得て)、有給消化率を部署ごとに公表する——「使うことが普通の環境」をつくるために、事例を見せることが最も効果的です。

次に、「管理職が率先して使う」文化をつくることです。部長が有給を取る、中間管理職が早退する——そういう姿が見えると、「上の人が使っているなら、自分も使っていい」という安心感が生まれます。「制度の番人」としての人事担当者が、管理職にこういった行動を依頼することも、大切な役割の一つです。

また、「制度を申請することへの障壁を下げる」工夫も有効です。申請書類を簡素化する、スマートフォンから申請できるようにする、申請の流れを分かりやすくまとめた一枚ペーパーを配布する——手続きの煩雑さが使用を妨げているケースも多いからです。


制度設計の「落とし穴」を事前に避ける

制度設計に取り組む際、よく陥りやすい落とし穴があります。事前に知っておくことで、無駄な遠回りを避けられます。

一つ目は「他社の制度をそのままコピーする」落とし穴です。東北の中小製造業に、大手企業や都市部のサービス業の制度をそのまま入れても、現場にフィットしないことが多い。交代勤務・季節繁閑・多様な雇用形態——東北の産業特性に合わせたカスタマイズが必要です。

二つ目は「制度を増やすことで課題が解決すると思う」落とし穴です。課題の原因が文化や管理職のスキルにある場合、新しい制度を加えても問題は解消しません。「なぜこの問題が起きているのか」の原因分析なしに制度を追加すると、制度の数が増えるだけで、運用の負荷が上がり、誰も使わない制度が積み重なります。

三つ目は「改定するときに周知だけして終わる」落とし穴です。制度改定の際は、「なぜ変えるのか」「何が変わるのか」「自分にどんな影響があるか」を、社員が理解できる言葉で説明することが必要です。特に「既得権が変わる」改定の場合は、丁寧な説明と対話の場が不可欠です。


よくある失敗パターン

「法令を満たせばOK」という最低限主義:コンプライアンスはベースラインです。それを超えて「社員が使いやすい制度」を目指すことが、職場への信頼と採用力につながります。

「つくったから周知した」という一方的な発信:「メールで送った」「就業規則に載せた」だけでは浸透しません。特に現場のマネジャーへの継続的な説明と、疑問に答える窓口が必要です。

「制度が増えるほど良い」という思い込み:制度が多すぎると、何があるのかが分からなくなります。シンプルで社員が実際に使える制度の方が、複雑で使われない制度より、はるかに価値があります。


「事業を伸ばす人事」を東北から

制度設計は「一度つくれば終わり」ではありません。事業・組織・社員の変化に合わせて、常に見直し続けるものです。

「今ある制度が現場の実態に合っているか」「使われていない制度があるとすれば、なぜか」——こういう問いを持ち続けることが、制度設計・運用の仕事の核心ではないでしょうか。

東北の中小企業の現場で、その問いを持って動ける人事担当者が増えていくことが、地域の働く環境を変えていくのだと思っています。最初から完璧な制度でなくていい。「今の職場に本当に合っているか」という問いから見直すだけでも、小さくても確かな変化は始まります。

制度の整備は、「働きやすい職場をつくる」という大きな目標に向かう、地道な積み重ねです。一つの制度が動き始めたとき、「ありがとうございます」という社員の一言が、人事担当者の仕事の実感になります。その積み重ねが、職場の文化を少しずつ変えていきます。東北の多様な産業の中で、その変化を起こし続けてほしいと思っています。

また、制度の整備が進むと、採用時のアピールポイントにもなります。「育休取得実績あり」「有給消化率○%」「フレックス制度あり」——こうした制度の実績を求人票に書けるようになると、子育て世代や働き方を重視する候補者への訴求力が上がります。制度の整備は、コンプライアンス対応を超えて、採用競争力の強化という側面も持っているのです。

さらに、「社員が制度を使えている職場」という評判は、口コミとして広がります。「あの会社は育休を取りやすい」「有給を取ることを当たり前にしている」——こういう評判は、求人票に書けない採用の強みになります。制度の整備は、単なる内部の仕組みを超えて、地域の中での「雇用ブランド」を育てる投資でもあります。東北の企業が「選ばれる職場」になるために、制度の運用の質を高めていくことは、長期的に見て最も確実な採用・定着対策の一つです。


東北の産業別・制度設計の実践ポイント

東北の主要産業ごとに、制度設計で特に気をつけたいポイントがあります。

製造業(自動車部品・精密機器・電子部品):交代勤務・深夜勤務が多い製造業では、時間外割増賃金の計算・深夜手当の設計・連続勤務の上限管理が重要です。また、ラインの止め方・止める権限など、安全に関わる判断を社員ができる環境を制度として担保することも、長期的な定着と安全管理につながります。

農業・食品加工業:季節繁閑が大きいため、変形労働時間制(1年単位・1ヶ月単位)の活用が現実的です。繁忙期に長く働き、閑散期に休む仕組みを労使の合意のもとで制度化しておくことで、過重労働のリスクを減らせます。また、パート・アルバイトが多い業種では、各種社会保険の加入判定と処遇の設計が年々複雑になっています。

医療・福祉業界:専門職(看護師・介護士・保育士)と管理職、事務職の賃金体系を分けて設計する必要があります。資格手当・夜勤手当・処遇改善加算の取り扱いは、専門性が求められます。また、ハラスメント防止・メンタルヘルス対策は、感情労働が多いこの業界では特に重要です。

どの業種でも共通しているのは、「現場の実態を丁寧にヒアリングしてから制度設計に入る」ことの大切さです。現場を知らない制度は機能しません。人事担当者が現場に入って話を聞く時間を確保することが、制度設計の質を左右します。そして、設計した制度を現場に丁寧に届け、実際に使われているかをフォローし続けること——このサイクルを根気強く回し続けることが、制度をただの書類から「職場で生きている仕組み」に変えていきます。


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