東北の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる人事の考え方——「海の恵み」を届け続けるために
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東北の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる人事の考え方——「海の恵み」を届け続けるために

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東北の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる人事の考え方——「海の恵み」を届け続けるために

「若い人が来ない。来ても続かない。でも、品質は落とせない。この3つを同時に解決する方法なんて、あるんでしょうか」

宮城県石巻のある水産加工会社の専務から、こう聞かれたことがあります。深刻な声でした。震災からの復興で工場を再建し、取引先も回復した。しかし、工場で働く人が足りない。かといって、人手不足を理由に品質を妥協すれば、苦労して取り戻した取引先を再び失う。

東北の三陸海岸は、日本有数の水産加工業の集積地です。気仙沼のフカヒレ、石巻のサンマ加工品、塩竈の笹かまぼこ、八戸のサバ缶——東北の水産加工品は、日本の食卓を支えています。

しかし、この産業が今、深刻な人材不足に直面しています。若者の都市部への流出、高齢化、水産加工業の「きつい仕事」というイメージ——複数の要因が重なり、人材の確保が年々困難になっている。

この状況に対して、「とにかく人を集めればいい」という発想では問題は解決しません。水産加工業の品質は「人の手」に支えられている部分が大きい。人を集めるだけでなく、「品質を維持できる人材を確保し、育て、定着させる」——この一連のプロセスを、経営数字に基づいて設計する必要があります。


水産加工業の人材不足——数字で見る深刻さ

東北の水産加工業における人材不足の深刻さを、数字で確認しましょう。

三陸沿岸部の水産加工業の有効求人倍率は、一般的な製造業の2倍以上に達しているケースがあります。つまり、求人を出しても応募者が半分以下しか集まらない状況。

気仙沼のある水産加工会社(従業員60名)のデータです。5年前は従業員75名で操業していた。現在は60名。15名分の欠員を埋められていない。年間の採用活動で確保できる新規雇用は3〜5名。一方、退職者は年間8〜10名。毎年じわじわと人が減っている。

この人員不足を、残業と休日出勤で補っている。既存社員の月平均残業時間は35時間。繁忙期には50時間を超える。この過重労働が、さらなる退職を招くという悪循環。

金額で見ると、15名の欠員による生産キャパシティの低下で、年間約4,000万円の受注を断っている。一方、残業による人件費増加は年間約1,200万円。合計で年間5,200万円以上のマイナスインパクトです。

この数字は、人材確保が「人事の問題」ではなく「経営の最優先課題」であることを示しています。


品質維持が人材戦略を制約する——水産加工特有の構造

水産加工業の人材戦略が他の製造業と異なるのは、「品質維持」という制約が非常に厳しいことです。

水産加工品は「食品」です。食品衛生法、HACCP(危害分析重要管理点)、取引先の品質基準——守るべきルールが多い。しかも、原材料は生鮮品であり、鮮度管理に一瞬の油断も許されない。

石巻のある水産加工会社で起きた事例です。人手不足のため、経験の浅いパートタイマーに品質チェックの工程を任せたところ、異物混入を見逃してしまった。取引先からクレームが入り、1ロット分の製品を回収。損失額は直接コストだけで約300万円。さらに、取引先からの信頼低下により、翌月の発注量が20%減少しました。

この事例は、「人を増やす」と「品質を維持する」がトレードオフになりうることを示しています。経験の浅い人材を急いで現場に投入すれば、品質リスクが高まる。かといって、十分な教育をしてから投入するには時間がかかり、その間の人手不足は解消されない。

このジレンマを解決するには、「採用」「育成」「品質管理」を個別に考えるのではなく、一体的に設計する必要があります。


採用戦略——「水産加工で働く理由」を作る

水産加工業の採用が難しい理由は明確です。「寒い」「臭い」「立ちっぱなし」「早朝勤務」——ネガティブなイメージが先行し、若い世代が敬遠する。

しかし、このイメージを変えることは可能です。実際に東北の水産加工会社で採用に成功している企業は、「水産加工で働く理由」を候補者に明確に伝えています。

塩竈のある笹かまぼこメーカーは、採用の打ち出し方を変えました。以前は「水産加工の製造スタッフ募集」。これを「三陸の海の恵みを全国に届ける仕事」に変えた。仕事の内容は同じですが、伝え方を変えることで「意味のある仕事」としてのイメージが生まれる。

さらに、この会社は採用ページに「社員の1日」を動画で公開しています。早朝5時の原料受け入れから、製造、品質チェック、出荷まで。「大変そう」と思うかもしれませんが、社員が笑顔で仕事をしている姿、完成した製品を手に取って「今日もいいのができた」と言っている姿——こうした等身大のリアルが、共感を呼んでいる。

採用ページのリニューアル費用は約50万円。しかし、リニューアル後の応募数は前年比180%。費用対効果は十分です。

もうひとつの有効な採用チャネルは、「地元の高校との連携」です。気仙沼の水産加工会社は、地元の水産高校で毎年出前授業を行い、工場見学も受け入れています。高校生に水産加工の仕事を体験してもらい、「ものづくりの面白さ」を伝える。この取り組みを5年続けた結果、毎年1〜2名の水産高校卒業生が入社するようになりました。


育成戦略——「3ヶ月で戦力になる」育成プログラムの設計

水産加工業の育成で重要なのは、「できるだけ早く一定の品質レベルで作業ができるようになること」です。しかし、「早く」と「品質」を両立させるには、育成プログラムの設計が鍵になります。

八戸のある缶詰メーカーが開発した「3ヶ月育成プログラム」を紹介します。

1ヶ月目(基礎期間)。食品衛生の基本、HACCPの考え方、衛生管理の手順を学ぶ。この段階では製造ラインには入らず、座学と見学が中心。ただし、「なぜ衛生管理が大切なのか」を数字で理解させる。「異物混入1件のクレーム対応コストは約300万円。あなたの手洗い1回が、300万円を守っている」——こう伝えることで、衛生管理への意識が変わります。

2ヶ月目(実習期間)。先輩社員とペアで製造ラインに入る。最初は補助的な作業から始め、段階的に担当範囲を広げる。毎日の終業時に先輩と15分の振り返りを行い、「今日できるようになったこと」「まだ不安なこと」を確認する。

3ヶ月目(自立期間)。先輩の監督のもとで、一通りの作業を一人で担当する。ただし、品質チェックの工程は、3ヶ月目以降もしばらくベテランがダブルチェックする。品質チェック工程を一人で任せるまでには、さらに3〜6ヶ月を要する。

このプログラムの導入前は、新人が一人前になるまでに6〜8ヶ月かかっていました。プログラム導入後は3ヶ月で基本的な作業ができるようになり、生産ラインの戦力として計算できる。育成期間の短縮により、人手不足の影響を早期に緩和できています。

プログラムの設計・教材作成にかかった費用は約40万円。一方、育成期間の短縮による生産性向上効果は、年間で約500万円(新人の早期戦力化による生産量増加)。


技能実習生・特定技能外国人材の活用と課題

東北の水産加工業において、外国人材は欠かせない存在になっています。特にベトナム、ミャンマー、インドネシアからの技能実習生や特定技能外国人が多く働いています。

しかし、外国人材の活用には特有の課題があります。

言語の壁。作業指示や品質基準を正確に伝える必要があるが、日本語が十分でない人材もいる。石巻のある水産加工会社では、作業手順書を日本語・ベトナム語・ミャンマー語の3言語で作成しています。加えて、重要な品質チェックポイントは写真付きのビジュアルマニュアルにして、言語に依存しない形で伝えている。

生活支援の負担。外国人材の住居手配、日本語教育、病院の付き添い、行政手続きのサポート——こうした生活面のサポートが必要です。この負担を会社だけで負うのは大変なので、複数の水産加工会社が共同で「外国人材サポートセンター」を設置しているケースもあります。

定着の課題。技能実習は最長5年、特定技能1号も最長5年。せっかく育てた人材が期限切れで帰国してしまう。特定技能2号への移行が認められれば長期就労が可能になりますが、制度の詳細はまだ流動的な部分があります。

気仙沼のある水産加工会社では、外国人材の受け入れを「コスト」ではなく「投資」と位置づけています。技能実習生の受け入れにかかる費用(渡航費、住居費、管理団体への支払いなど)は1名あたり年間約100〜150万円。一方、1名の戦力化による生産キャパシティの増加は、年間約300万円分の売上に相当する。

外国人材を「安い労働力」と見なすのではなく、「会社の戦力」として育成し、活躍してもらう。この姿勢が、外国人材の定着率にも直結しています。


「多能工化」で品質と効率を両立させる

水産加工の現場では、一人の作業者が特定の工程だけを担当する「単能工」が一般的でした。しかし、人手不足の中で品質と効率を両立させるには、「多能工化」——一人が複数の工程をできるようになること——が有効です。

宮城のある水産加工会社では、全社員のスキルマップを作成しています。縦軸に社員名、横軸に全工程を並べ、各社員がどの工程をどのレベルでできるかを可視化する。レベルは4段階。レベル1は「見たことがある」、レベル2は「補助できる」、レベル3は「一人でできる」、レベル4は「人に教えられる」。

スキルマップを見ると、「この工程はAさんしかレベル3以上がいない」という属人化のリスクが一目瞭然です。そうしたリスクの高い工程から優先的に多能工化を進める。

多能工化のメリットは3つあります。

第一に、欠勤や退職のリスクヘッジ。特定の工程が一人の社員に依存していると、その社員が休んだだけで生産が止まる。複数の社員ができれば、リスクが分散される。

第二に、繁閑の調整が柔軟にできる。水産加工は季節変動が大きい。サンマの季節、カキの季節——時期によって忙しい工程が変わる。多能工であれば、忙しい工程に柔軟に人員を配置できる。

第三に、社員のスキルアップとモチベーション向上。「同じ作業の繰り返し」から脱却し、新しい技術を身につける機会が生まれる。「できることが増える」という実感は、仕事への意欲を高めます。

この会社では、多能工化を進めた結果、繁忙期の残業時間が月平均15時間削減されました。年間の人件費削減効果は約400万円。加えて、「いろいろな工程ができるようになって、仕事が面白くなった」という声が社員から出ている。品質面でも、複数の工程を理解している社員は、自分の工程が前後の工程にどう影響するかを理解しているため、品質意識が高まっています。


「働く環境」の改善が定着率を変える

水産加工業の離職原因の上位は、「労働環境のきつさ」です。低温の工場内での長時間の立ち仕事、魚の臭い、早朝シフト——こうした環境面の課題を改善することは、定着率に直結します。

「きつい仕事だから仕方ない」と諦めている会社が多いのですが、改善の余地はあります。

塩竈のある水産加工会社が行った環境改善とその効果を紹介します。

工場内の温度管理の改善。冷蔵環境での作業は避けられないが、休憩室の暖房を強化し、温かい飲み物を常備する。防寒作業着を最新のものに更新する。費用は約80万円。

休憩スペースのリニューアル。以前は狭くて暗い休憩室だったのを、窓を大きくし、清潔で明るい空間に改装。費用は約120万円。「休憩が楽しみになった」という声があります。

シフトの柔軟化。早朝5時始業の固定シフトを見直し、6時始業のシフトも選べるようにした。「朝の1時間の違いで、子どもの送り出しができるようになった」という子育て世代の声。

臭い対策。作業着の消臭処理、ロッカーの換気改善、退勤時にシャワーを使える設備の設置。「仕事帰りにスーパーに寄れるようになった」——こうした日常の小さな改善が、定着に大きく影響します。

これらの環境改善にかかった費用の合計は約350万円。一方、改善後1年間で離職率が22%から14%に低下。8%の改善は、60名規模の会社で約5名の退職を防いだ計算です。1名の退職コスト(採用費・育成費・生産性低下)を100万円とすると、年間500万円の退職コスト回避。投資は1年で回収しています。


水産加工業の「繁閑差」に対応する人員計画

水産加工業は、原材料の季節性により繁閑の差が大きい産業です。サンマの水揚げ時期、カキの収穫シーズン、年末の需要増——繁忙期には通常の1.5〜2倍の人員が必要になります。

この繁閑差への対応が、人材確保の難しさをさらに増しています。正社員だけで繁忙期の人員を確保すると、閑散期にはコストが過剰になる。かといって、繁忙期だけの短期雇用は集まりにくい。

八戸のある水産加工会社は、この課題に対して「3層構造」の人員計画を導入しています。

第1層(コア人材)は正社員。全従業員の50%。年間を通じて安定的に働く。品質管理の要となる工程を担当。

第2層(準レギュラー人材)はパートタイマー。全従業員の30%。週3〜5日勤務で、勤務日数は季節によって調整。繁忙期は週5日、閑散期は週3日。時給は地域の相場より50〜100円高く設定し、定着を図る。

第3層(スポット人材)は繁忙期限定のアルバイト。全従業員の20%。学生、主婦層を中心に、繁忙期の2〜3ヶ月だけ雇用。作業は比較的単純な工程に限定し、品質リスクを抑える。

この3層構造により、繁閑差に柔軟に対応しながら、品質管理に必要なコア人材を安定的に確保できる。人件費の最適化と品質維持の両立を、仕組みとして実現しているのです。


地域と共に生きる水産加工業の人事

東北の水産加工業は、地域の水産業、漁業、物流、小売と密接につながっています。水産加工会社の人材確保は、地域の産業全体の持続性に関わる問題です。

気仙沼では、複数の水産加工会社が共同で「気仙沼水産加工合同企業説明会」を開催しています。個社では知名度がなくても、「気仙沼の水産加工業」としてまとめれば、地域ブランドの力で求職者を引きつけられる。

また、水産加工会社と漁業協同組合が連携し、「漁業体験+加工体験」のインターンシップを提供している例もあります。「海から食卓まで」の一連の流れを体験できるプログラムは、都市部の若者にも新鮮に映る。「地方で働くことの豊かさ」を体感してもらう入り口として機能しています。

水産加工業の人材確保は、一社だけの努力では限界があります。地域の企業同士、行政、教育機関と連携し、「この地域で水産加工の仕事をすることの魅力」を発信し続ける。その持続的な取り組みが、東北の水産加工業の未来を支えます。


もし「水産加工業の人材戦略を含め、経営に貢献する人事の力を高めたい」と感じたなら、人事のプロ実践講座への参加を検討してみてください。

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